先輩の卒業式が近づく今日この頃。
まだ雪が少し残り桜が満開の頃にはきっと入学式を終え新たな生活を迎えるのでしょう。
卒業式練習の中自分はそう考えた。
退屈で仕方のないことだが私は卒業式を台無しにしたくない、先輩達が築き上げてきたことを成し遂げたい気持ちでいっぱいだった。
私の寸法の合わない制服は先輩のようにかっこよく着こなすことができるのでしょうか。
私の将来の不安もプレッシャーに負けてしまう性格も先輩のように打ち勝つことができるのでしょうか。
現実逃避が得意な私が得意にできることなどもう現れないのですか?
先輩にはなれない、お手本になんてなれない、真面目にもなれない、
元気な子に弱音を吐いたんだ。
もちろん帰ってくる言葉なんて前向きで自分にはさらに苦しくなる言葉だった。
期待外れだなんて思ってないよでも、自分の弱さをもう君には見せないと思うよ。
苦しいよ、
生きることがどうしても辛かった。
人格を否定され、好きなことは馬鹿にされ、
結局自分という人間は誰かの踏み台としてしか使われてないということしかわからなかった。
幼少期に積み上げてきた苦しみは所詮誰かの好物にしか過ぎなくて、自分を見てくれる人など誰もいなくて。
期待をすればするほど首始まり、しなければしない分落っこちていく。
いくら今の状況を叫んだってみんな辛いからで終わらせてしまう。
みんな、みんな、みんな、結局は自分に向き合ってくれなかった。そんなに他人が大切なのかい?
我儘だって言えば我儘に見える、自分でも弱音を吐けば吐くほど苦しくなってる。
真面目にやっても不真面目にやっても結果は一緒。
みんな消えればいいさ
私は私が嫌い。
たくさんの色の中で自分だけが孤立している感覚。
目に見えないのに心で感じてしまうそんな性別が嫌いだった。
小学生の頃から自分に違和感があった、性別に相応しくない服、色を言うだけで笑われ、そいつの思う正しいに直される。
どうせ傷ついてしまうなら、そいつらの正しいに合わせようと思って自分を殺した。
小学生の頃は異性に恋をした、中学生の時は同性の先輩や友達、高校では誰にも恋をしなかった。
分からなかった。授業では同性に恋することに背中を押すのではなく優しく慰めた理由が。
知りたかった。なぜ好きなように生きるだけで笑われてしまうのかを。
愛して欲しかった。偽りのない自分を。
教えて欲しかった。言った瞬間今までの態度を忘れたように傷付かせないよう振る舞ったことを。
友達の中の誰かが言った。みんなは男女どっちもいける?
沈黙が漂い誰か言えと言わんばかりの空気に耐えられなくなった私は口を開いてしまった。
私の放った一言でその瞬間一気に視線が注目した。
さっきまでの空気がより冷たくなった。でも後悔はしなかった。というかどうでもよかった。
どうして自分だけこうなんだろう、どうして私はみんなみたいに普通になれないんだろう。だから私は私が大嫌い。
「慰めてくるやつが1番嫌だったっ…理解があるようなふりをして1番理解してないから」
泣きながら呟いたその言葉は誰かに届くのでしょうか
待ちに待った大会、僕たちはこの日のために血も汗も、時には涙も流してきた。
悔しさで握りしめた手のひらから出た血。
練習の大変さも必死さも表した汗。
分かっていてもできないことの苦しみの涙。
そんな経験が僕たちをここまで登らせた。
努力が僕を裏切ろうが僕は僕を、仲間を裏切らなかった、信じ続けていた。
だからできる。大丈夫。絶対にできる。