琥珀

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3/23/2026, 12:06:13 AM

「バカみたい」

 あの日と同じ、春のなかを歩いていた。

 卒業式のあとに、一緒に歩いた帰り道。昨日も今日も、これからも、なんら変わりないというように、私たちは歩いた。実際、高校だってそのまま地元の高校に入学するのだから、その通りだ。それでもあの日、私の気持ちが揺れていた。春に浮かれた私は、ただ少し前を歩く滝の背中を見つめているだけだった。

 高校の三年間はあっという間に過ぎた。早起きの私。朝の弱い滝。部活がない日一緒に帰る夕方。それで十分だと、思っていた。

「そういや、3年間、1回もマキと朝会わなかったなー」

「律と違って私はずっと朝型なの」

「うそつけー!中学の頃はショートのくせに寝癖つけてたし!」
 滝は日に透けたブラウンの髪をくしゃくしゃしてみせた。あの日に重なるからだろうか。律があの日から変わらないままだからだろうか。言葉にできないけれど、悲しみに近いものが溢れて止められそうにない。律、違うよ、律はなにも分かってないよ。

「私も名前で呼んでほしくて、名前呼びにして、髪も伸ばして早起きしてさ…でも今日まで、女の子だって思ってもらえなかったよ」
 どうして、どうして今日、言ってしまったんだろう。律が止まったのが分かった。分かったけど、振り返られたら、顔を合わせる勇気なんてない。

「…バカみたい。マキのことを考えたら、理由がないと何もできなかった。名前を呼ぶのも、一緒に帰るのも。理由はとっくにあったのに。牧が特別なんだ、俺には」

 結局、律は振り返らずにまた歩き出した。私は靴底が地面に吸われるように、その場から動けなかった。なのにどくどくと鳴る心臓が私を一歩前に突き出そうとする。

「行くよ、こころ」

 私は律の隣をめがけて、走った。
 そこに理由なんてなかった。

 

1/16/2026, 11:34:10 AM

「美しい」

 あなたの迷いながら、傷付きながら進んできた道を誰かが否定するなら、私はただそばにいようと思う。私はきっとそうする。

 ときどき弱気になって、諦めたくなったときは、立ち止まったあなたと一緒に休んでみようと思う。私はそうするでしょう。

 信じて歩き続けている途中で、もっと綺麗なものを見つけたら、あなたの手を取って少し寄り道してみようとも思う。そんな私でありたい。

 どんなにもがきながら生きても、何が正しいのか分からない。何度も同じような朝を迎えて、夜に眠る。これでいいのか分からない。なのに、不安と自信の曖昧なこの境界を、美しいとも思った。

1/16/2026, 2:19:01 AM

「この世界は」

 この世界は、思っているより綺麗だと思う。

 私はときどき、常に前を向いていないと、置いていかれそうなところで生きていると思う。私を追い越していくのは、いつも目に見えないものばかりで、時間、他人の視線、過去の評価や自信とか、そういうもの。
 
 不思議なことに、そういうものたちに気付くたび、止まることが出来なくなる。いつの間にかもっと進まなきゃと、不安や焦りが追い付かないようにただ前を見る。
 
 そうやって前を見ていたら、涙で前が見えない日や、呼吸ができない日がくる。ああ、限界かもって心が折れそうになる。待っていても、報われなかった努力や、無視してきた気持ちはなかなか追いついてこない。

 正直、その間生きることが怖くなる。自分が生きている世界が汚く見える。少しの間だけ、消えてみたいと思ったりする。なのに、ただ一つ差し出されたチョコレートとか、小さな手紙の頼りない言葉のひとつ一つで、この世界は美しい場所だと思ってしまう。だからきっと、私は明日の朝も、目を覚ます。

 

1/15/2026, 12:49:38 AM

「どうして」
 
 私はどんどん汚くなる
 あなたに選ばれたこと
 一緒にいようと言ってくれたこと
 幸せだと言ってくれたこと

 相手のことを心から好きになって、大切にするなんてできない。私が一番大事なのは、いつも私自身だったから。

 なのに、選ばれたい、受け入れてほしいと望んでしまった。虚栄と高慢が澱んだ私の、表面の透明だけ。

 あなたとの最後は、澱みそのものだった。隠していた全て、心が揺らぐほど汚いもので濁っていた。どうしてなんて言える側じゃないのに。どうして、記憶だけはカメラロールみたいに、綺麗なものだけ残していられるんだろう。
 

1/13/2026, 2:59:06 PM

「夢を見てたい」

 嘘をついた。
 ペンケースなんて忘れてないけど、シャーペンと消しゴムを借りた。
 一緒に帰る約束なんてしてないけど、先週から約束してただろって言った。
 忘れるわけなんかないのに、ペン返し忘れてごめんって連絡をした。たくさん悩んで打った文字。

 そうだっけとか、忘れてたとか、ごめんとか。そんなことばっか言わせてごめん。僕が嘘をつくから。こんなことしなくても、僕たちは一緒に帰れるし、ペンだって借りられる。そんなこと分かってた。けど、友達だったらしなくて良くて、友達じゃない特別ならするようなことが、僕には大切なんだ。だって「僕」だから。

 嘘をついた。
 ずっと友達でいてよって。あぁ、当たり前だろって言うんだろうな。夢を見てた頃よりずっと苦しいな。でもこれがきっと最後の嘘。

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