「誰もがみんな」
ふと疑問に思うことがある
私たちはみな平等で平和な世界を望んでいるはずなのに
私たちは皆、生まれたときから平等ではない。
永遠に平和だという保障もない。
でも、どうして?
私たちはみんなこの地球に生まれ育った
家族なのに。大きな大きな家族なのに。
みんなこの命が限りあるものだと知っているのに
地球もまた限りある命だとわかっているのに
今も尚、この世は不平等で満ちている。
それでも、みんな生きている。
きっと誰もがみんな感じてる。
この世界の天秤に。
私たちの審判は、誰なのだろう。
「花束」
一つ一つの命を
丁寧に摘み取って
あなたのことを考えながら
あなただけのものにするの。
でもね、その気持ちが
一番の花束なんだよ。
「どこにも書けないこと」
「彼女の思いはきっとここに詰まっていた。」
少佐は、胸に拳を力強くあて、力いっぱい言った。
そんなどストレートな言葉を聞いても、
僕は何も言えなかった。何も響かなかった。
ただうつむいたままだ。
だって、今さらどんなに言ったって、伝えたって、
彼女に届くことはない。
今の大日本帝国は、大抵の人間が貧乏な暮らしを強いられている。
配給制度といえど、ほとんど食べ物は手にはいらず、
おまけに贅沢は敵などと言う。
蒸し暑い風が僕を包み込む。ジリジリと湿った空気がより一層僕の気持ちを高めるかのように、汗ばんでいく。
「お前の気持ちは痛いほど分かる。だがな、お前も明日だろ、。お前がそんな顔してたら嫁さんも成仏しように、できないぞ、、なぁ、顔を上げろ!!一飛曹!!」
「はいっ!」
彼女は僕よりも前に旅立ってしまった。もともと貧弱な人だったが、誰よりもあったかい人だった。どんなにお腹がへっても、どれだけしんどくても笑ってる人だった。
「こんくらい大丈夫ですよ。そんなことよりもう休んどってください。いつもお疲れ様です。」
そう言って毎日僕を支えてくれた彼女も、空襲に巻き込まれ、両腕をなくしてしまった。。それを知らされたときには、もう遅かった。彼女は間もなく旅立ったのだ。
両腕を失った彼女は、何を思ったのだろうか。何か言い残したことはなかったのか。そんな、不安が僕の頭をぐるぐると回っている。
「おいっ!もう一度言わせたいのか!!」
「! すみません!もう、大丈夫であります!」
いけない、いけない。
こんな顔をしていたら彼女に心配をかけてしまう。
笑っていよう。何事もなかったかのように。
お国のために命をかけゆく神のように。
旅立つことなど何も怖くないかのように。
その夜、見るはずもない君に手紙を書いた。
どのように書けばよいものか、、
少しばかり悩んでしまった。
父、母、妹、親戚のおばさん、どれだけの手紙を書こうとも、上手く書けない。心配をかけたくない。
せめて、最後はこんな息子を誇らしく思ってもらえるようにー。
爽やかな朝だった。
空は珍しく晴天に恵まれ、心地よい風が僕の体を包み込んだ。
きっと君が僕が来るのを楽しみに待ってくれているんだと、そう思うことにした。
「どうか、待っとってください。もう会えますから。」
最後のお酒を飲み干して、僕は手を振る。
「行ってきますー。」
「息子は最後までずっと笑顔でした。きっと、お国のために旅立てることが嬉しいのでしょう。
息子は、大きい大きい期待とともに旅立っていきました。沢山の手紙をありがとう。私はあなたを誇りに思います。」
彼の母は、日記にそう記した。
「その大きい期待は一方通行で、終わりが決まっているのに、、。息子の笑顔の裏には何があったんやろか。」
彼の母は誰にも聞こえない声で呟いた。
「夜やけぇ、涙が出る日もあるよねぇ。月見てうるっとしてしもうたんやね。」
⋯
「少佐、、言わなくてよかったんですか、、」
「何をだ?ニ飛曹。」
「何をって、彼の嫁さんの最期ですよ。伝言も預かっていたんじゃあないですか?」
少佐は少し考えてこう言った。
「いいんだ、、離れていては伝わらない。彼女の気持ちは、きっと会わないと分からない。伝言なんて、受け取った側は第三者や紙に記したメモを介して受け取るだろう。それじゃあ、だめなんだ。彼の友人であった者が、代わりに見舞いに行った時は、ものすごく穏やかな顔をしていたそうだ。」
「そうですか。よかった。」
「だか、彼女の治療を担当してくださった看護婦さんによれば、毎日泣いていたそうだ。。わかるだろう?」
「、、はい。きっと彼も分かっていたでしょうね。だから、あえて聞かなかった。。そうですよね?、」
「さぁ、どうだろうな。俺たちには分からないし、どうせこの会話なんて歴史には残りやしない。さぁ、お前も、もうすぐだろうから、用意をしておけよ。」
⋯
誰にも聞かれてはいかない。決して記してはいけない。
大きな燃料を抱えた期待の音が僕の心の臓に響き渡る。
彼女は、こんな僕を許してくれるだろうか。こんな戦争を早く終わらせるためにも僕はやらなくてはいけない。それこそが僕の生きる理由であり、大事な人を、君を守るために。。なのに、君は僕よりも先にいってしまわれた。この不甲斐ない僕をどうか、笑顔で出迎えてくれ。
あぁ、この気持ちの行き場は海へと投げ捨ててしまおう。
どうせこの気持ちなんか、誰にもわかりやしない。
この世は本心を書いてはいけない。言ってもいけない。
心と心で察する他ない。
ようやく、期待に応える時がきた。
お国に最後の挨拶を告げる。僕には理解のできない音が最後の挨拶なんてー。
「あー、死にとぉな」
その瞬間、彼はようやく彼女に会うことが出来たのだ。
それこそ、彼が最も書きたかったことだった。
「ーー会いたかった。」
「遠雷」
それは、まるで私の心を表す。そんな天気。
溜まりに溜まった電気はいつか、必ず落ちてしまう。
いつか、必ず、ほんとの私がバレてしまう。
怖い、、怖い、怖い。
だから、そんな私は、いつも穏やかな晴天のふりをする。
雲一つない空が広がって、神秘的で、、それ以外なにもない。
地平線のような私。
私が来たら、赤い提灯を灯して。
みんなにとって、私は不吉でしかない。
そんなつもりはないのに。
それでも私はみんなの太陽でありたい。
そんな、わたしでありたい。
―と願う私の心はすでに、雨模様で。
私の晴天は長くは持たない。
ずっと、偽る私を偽って、今日も明日もそのまた次の日も。
きっと私はこんなだろう。
それでもいい。それでいい。
でも、たまに、私のことをそっとしておいて。
遠くで、静かに落とすから。太陽は照らしておくよ。
涙は零れ落ちてしまうけど、、。
誰にも迷惑をかけず、誰にも気づかれないように。
―私の名前は「狐の嫁入り」
「Midnight blue 」
ふわりとあたたかな潮風が大陸まるこど包みこんだ。
「この平穏な毎日に祝福を。」
静かな大聖堂に光が降り注ぐ。
「願わくば、この日々が永遠に続きますことを―。」
アストレアは力いっぱいに祈りを込めた。
この大聖堂には限られた者のみ、立ち入ることができる、
最も神に近く、最も太陽に近いこの丘の上にそびえ立つ大聖堂で今日もアストレアは祈りをこめる。
ギィーガチャン
「アストレア様。神事は終わりましたか?」
「ネーレウス!いつからここへ?」
「何を仰るのですか?アストレア様が神事を終えるまでずっとこの扉の前でお待ちしておりました。」
「まぁ、そうだったの!?ずっと立っていて疲れなかった?さぁ、王宮へ戻りましょう。」
アストレアはネーレウスの方へ駆け寄りにこりと微笑んだ。
「はぁ。アストレア様、あなた様はほんとうに、、。私の心配なんてしないでください。私はあなたの側近護衛官でありますゆえ、、当たり前のことなのです。」
「そんな事を言ったって、、疲れるでしょう?フフッ誰しも人間。皆平等なのです。疲れる時は疲れるし、眠たい時は眠いのです。そんな時はあなたの心に正直であるべきなのです。だから、あまり、、私を神聖な何かだと、思わないでください。私はただの人間です。」
「アストレア様、、」
ネーレウスは少し心配そうな顔を浮かべながらも、それを口に出すことはせず、ただアストレアの後ろを歩く。
「今日はいいお天気ですね!ネーレウス。」
「はい。」
「まぁ!見てください!とてもいい香り。多分このあたりね!このお花。とても美しく咲いています。」
「はい。」
「なんという名前のお花なのかしら?」
「リンドウ。」
「リンドウ?」
「この花の名前です。私の母が、花が好きで、、」
「まぁ。この花はリンドウと言うのね。とても綺麗だわ。あなたのお母様はお花に詳しいのね!あなたのご家族は今どこに?」
「今、は、おりません。。両親ともに亡くなりました。」
「―。ごっ。ごめんなさい!そんなつもりではなかったの。あなたに不快な思いをさせてしまったわね。ごめんなさい、、、、ただ。」
「ただ?」
「いいえ!なんでもないわ!気にしないで!行きましょう。」
丘を降りたすぐ近くに、豪華な馬車が用意されていた。
「アストレア様。馬車のご用意がされております。王宮まで参りましょう。」
王宮に仕えている騎士たちがアストレアのもとへ駆け寄ってきた。
「皆さん、ご苦労さまでした。こんな遠くまで毎日ありがとうございます。」
「とんでもございません!王様のご命令に従ったまでであります。」
「えぇ。そうね。ありがとう。」
温かい潮風がアストレアの髪をふわりと舞い上がらせる。
アストレアの長い金色の髪が夕焼けの光に照らされ黄金色に輝いていた。
アストレアはネーレウスの手を取り馬車へ乗り込む。
ネーレウスは、いつも私に貢献的で真っ直ぐだ。
整った顔立ちに、スラリとしたスタイル。彼がいると安心する。
心が温かくなる。ポカポカする。
ほのかにリンドウの香りが残っていた。
「ねぇ、、ネーレウス。私と一緒に逃げてくれませんか、、。」
もちろん側近護衛のネーレウスも、さすがに馬車に乗り込むわけにはいかないため、馬にのりアストレアを護衛する。そのため、アストレアの呟きなど聞こえはしない。
―その晩の日
「国王陛下に謁見申し上げます。わたくし、アストレア。ただいま大聖堂より戻ってまいりました。」
「今日の報告をせよ。」
「本日も変わりなく、神に祈りを捧げ、この大陸の平和を祈って参った次第であります。」
「よかろう。アストレアよ、お前は最も私に近い血筋だ。お前のことを誇りに思っているよ。そなたの王位継承の日も近い、そなたには最高の婿を用意しておる。」
「、ありがたき幸せであります。」
「アストレアの婚約の日だが、そなたの誕生日はどうだ?
3日後がそなたの誕生日だから2日前に顔合わせでもしよう。ハハハ!ハハハハハハ!盛大かつこの大陸一の結婚式にしようぞ!!」
アストレアは微笑んだ、。
「―とても楽しみでございます。」
コンコンッ
「アストレア様。お夕食の準備が整いました。」
「ネーレウス、、お夕食は後で頂くわ。それより、あなたに用があるのだけれど、、少しいいかしら?」
「かしこまりました。失礼いたします。」
ギィィ
アストレアは夜月の光を見あげながら、窓辺に腰掛けていた。
「アストレア様。そのような格好で、、風邪を引いてしまいます。」
「えぇ、そうね、。」
アストレアとネーレウスはしばらく黙り込み、ただ月を見上げていた。
「ネーレウス。少し、話をしませんか?」
「かしこまりました。」
アストレアはぼんやりと月を見上げながら、落ち着いた表情で淡々と話し始めた。
「私はね。この大陸の王になるつもりはないの。」
「なぜそんなことを!?急にどうされたのですか?」
ネーレウスは驚きのあまり声を荒らげた。
アストレアはそっと視線をネーレウスへ向ける。
「ネーレウス。こっちへ来て。」
「、、、はい。」
ネーレウスが渋々アストレアのもとへ近づいていく。
アストレアが窓の側の小さな椅子に腰掛けている数メートル先で足を止めた。
「どうして止まるの?」
「アストレア様は高貴な御方です。私のようなものがこれ以上近づくことは許されません。」
アストレアは唇を噛み締めた。
「どうしてですか?どうして駄目なのですか?同じ人間ではありませんか。私には理解できないのです。この世界の原理が。秩序が。、、ネーレウス、あなたのお母様は私の母様の専属メイドだった。そして、私とあなたは幼い頃から共に育ち、共に歩んできた。。なのに、、なのに、なぜこんなにも、あなたと私の間に壁を感じるのですか?」
アストレアは立ち上がり、ネーレウスの直ぐ側まで駆け寄った。ネーレウスの吐息が聞こえる。
とても静かで、心地よい。
「アストレア様。。近いです。」
「――。確かに、、確かに、、私はこの大陸ではただの人間ではないのでしょう。私の母様は海の神ポセイドンの直結の血筋を持ち、私を産んだ。しかし、父様は母様を捨てた。自分が直結の血筋ではないことに嫉妬したのです。ただ、、体内に流れる血に嫉妬したのです。そして私の母様をこの世界から消したのです。」
「アストレア様、、。」
アストレアからあつい大きな涙の粒が流れ落ちる。
「私は、、私はポセイドンの最後の王族の末裔だから、、でも、私がいなくたって王族は沢山いますし、王位継承権を持っている皇族もいるのです。。私が王位継承候補の最有力候補となっている理由は、この血が流れているからなのです。」
アストレアは崩れ落ち、ネーレウスが即座に抱えようとした。しかし、その手は途中で止まり、共にしゃがみ込んだ。
「―――抱きしめてください。 私を、抱きしめて。」
「アストレア様―。」
「命令です。」
「―かしこまりました。」
そうして、ゆっくりとネーレウスはアストレアを抱きしめた。彼の手は心地の良い温度で、とても丁寧に、壊れてしまわないように、とても優しくアストレアを包みこんだ。
「ネーレウス、、私は普通の人間になりたいのです。」
「分かっております。しかし、こればかりは抗うことのできない運命なのです。。私にできることはアストレア様の側であなたの安全を守ること。」
「そうですね。では、私の安全を守る為に私の願いを叶えてくれませんか?このままでは、私は消えてなくなってしまうでしょう。」
「それは一体、、どういうっ」
アストレアは彼の手を胸に当てた。
「このままでは、ここが消えてなくなってしまうのです。」
ネーレウスの手が微かに震えていた。
月明かりで彼の顔がよく見えないため、アストレアは背伸びをして彼の顔を覗き込む。
「ネーレウス、、?」
ネーレウスの顔は真っ赤に染まり、一粒の涙が零れ落ちた。
「ご!ごめんなさい。あなたを泣かせるつもりはなかったの。私はあなたに迷惑をかけてばかりね。。ほんとうに、私は私が嫌いだわ。」
ネーレウスは下を向きながら彼女の手をぎゅっと握った。
「―アストレア様。わ、たしは、あなたを好いています。こんなこの、、一生言うつもりはありませんでした。しかし、、お許しください。幼い頃から、あなたを好いています。だから私はあなたに、寂しい思いも、悲しい思いも、辛い思いもしてほしくありません。ただ、笑っていてほしいのです。海のように透き通ったあなたの瞳に、黄金色の髪、優しい声に、誰よりもこの大陸を愛しているあなたを好いています。尊敬しております。それは、あなたが王位継承者だからでも、ポセイドンの末裔だからでもありません。他でもない、あなただからです。」
ネーレウスは、ポタポタと流れるアストレアの涙をそっと拭い。優しく微笑んだ。
「知っている?ネーレウス。この大陸はじきに崩壊する、、海に沈むの。神からの天罰が下るの。今日の神事でそう神託がくだったの。」
「そ、それは一体。どうして?」
「この大陸は、ポセイドンの末裔やこの大陸を統制する者たちが神の知識や指導のもと、たった一年にして高度な文明と軍事力を築き上げた。でも、今はどうかしら?ポセイドンの末裔も、もう私一人だけ、、大陸を統制する者も、国民ですらも堕落し、今の私たちがしていることは、ただの神の戯れ言にすぎないの。あなたのご家族や国民は、楽な生活を手に入れ働くことを忘れ、毎日遊び呆け、のちに、飢餓となり大量の国民が飢えで苦しんでいる。努力すれば手に入る幸せを選択しなかった。そうでしょう?王族もまた同じ、、お金や権力に目をくらませ、毎日のように互いの権力を見せつけ合っているの。」
私は、知っていたの。。だけど、そのことから目を背けた。そんな私もまた、堕落した民にすぎない。
「罪を償う時が来たのよ。今日、大聖堂でいつものように祈っていたら、。神託が下ったの。ネーレウス。なぜ大聖堂が限られた者しか入れないか知ってる?限られた者というのは、ポセイドンの末裔のこと。ポセイドンの末裔のみが、神の神託を受け取ることができるの。だから、今はあの大聖堂で私しか神と直接的に神託を受け取ることができないの。」
ネーレウスは何か嫌な予感がしたのか、彼女の話を遮った。
「もういいです!、、もう、話してもらわなくても、大丈夫です。」
それでも、アストレアは話を続けた。その顔はすべてを悟った女神のようだった。
「私は、この大陸の、民の、罪を償わなければならないの。そうしなければ、、この大陸はじきに海に沈むわ。」
「どうしてですか!?どうしてあなた様が罪を背負うのです!?あなた様は何もしていないではないですか。」
彼女の涙や息遣いが荒くなる。
「いいえ。私は、この大陸にとって普通の人間ではないの。だから、このように堕落した民の罪も、そのことから目を背けた罪も背負う責任があるわ。だから、ネーレウス。あなたとさよならね。」
「――ッ。ぃ、、や、です。そんなの、嫌です!!」
「―ネーレウス」
「、、逃げましょう。私も、お供いたします。永遠に、あなたの側でお仕えいたします。たとえ、この大陸に天罰が下ろうが、、この大陸が滅ぼうが、、私はあなたと共に生きたいです。あなただけが罪を背負う必要はありません。仮にもしそれが本当ならば、、なぜアストレア様だけにこんな責任を放棄するのですか?それが真の神と言えましょうか?逃げましょう。アストレア様、、、、」
アストレアは、涙を拭い微笑んだ。
「ありがとう。でも、、それはできないの。私はこの大陸の、、ポセイドンの最後の末裔だから。でも、私が罪を背負えば、貴方達は死なない。後は、、任せたわっ。うっ、ネーレウス。愛しているわ。私もあなたを好いていたのよ。ずっと昔から。明日、大聖堂で私は罪を償う。きっと私が消えても、この先、堕落した民たちがどう行動するか分からない。だから、もしもの為にあなたに力を授けるわ。この力はあなたが自由に使って、、私が保証するわ。」
すると、アストレアはネーレウスの握りしめていた手を、彼の胸に当て、神力を彼に託した。
「アストレア様。もし、、また出逢うことができたならば、今度は互いに平凡で、リンドウの花が咲き誇る丘で、出会いましょう。そして、共に恋におちるのです。リンドウの深い青色のように、、海のように深い恋に落ちましょう。」
アストレアはにこりと微笑み、少し背伸びをして
ネーレウスの柔らかな唇を奪った。
「約束よ。」
次の日の朝、アストレアはいつものように大聖堂に祈りを捧げ、二度とその扉が開くことはなかった。
―彼女の穏やかな深い青色の瞳に恋をした。
彼女が消えてから、何年もの時が過ぎたのだろうか。
彼女が消えたことを知っても、この国の国民は悲しみの顔一つ見せなかった。唯一見せた顔は、これ以上彼女のような血筋がこの世からなくなったことに対する安堵と、少しの悔しさだろうか。
彼女は、今どこにいるのだろうか。
彼女に会いたい。声が聞きたい。彼女を抱きしめたい。
アストレア様、、私は今、この丘でひとりぼっちでございます。あなたのお側でお仕えする私が、あなたの安全を守る私が、あなたに守られてしまいました。。
なんとも不甲斐ない。彼女の笑顔はいつも穏やかだった。
あの後、何人もの女性から求婚を申し込まれたが、すべて断ってしまった。私と、彼女には大きな壁があった。
こんな想いは一生伝わらないと思っていた。
あなたは高貴な御方で、私はただの護衛官にすぎなかったから。
しかし、彼女に「愛していると。」言われたとき、私は救われた。海のように広い心を持つあの御方も寂しかったのだろう。
ずっと真っ暗な深海から光を生み出そうと必死にもがいていた彼女は、哀れながらも美しかった。
「今度は、、深海ではなく、月明かりが照らされキラキラと光輝く海で出会いましょう。」
すると、ふわりとあたたかな潮風がネーレウスの髪を揺らした。
「――。アストレア様。私はあの日から、あなたに託された力を一度も使ったことがありません。あなたの代わりに、この大陸を見守り続けました。 しかし、、あなたの思い描くような世界にはなりません。一向に悪くなっていくばかりです。――だからどうか、私が今からすることをお許しください。」
その瞬間、ふとリンドウの柔らかな薫りがネーレウスを包んだ。
「ははっ。」
気づけば、ネーレウスは泣いていた。懐かしい香りにつられ、思い出に浸り、私がこれからしようとしていることにさえ、あなたは私の背中を押してくれている、、そんな気がした。
「アストレア様―。もしすべてが終わったら、、私に、会いに来てくれませんか、、?抱きしめて、くれませんか?」
ネーレウスは胸に手を当て、深呼吸をした。
―次の瞬間、大陸全土がピカリと光り輝き、一瞬にして
海の底へと沈んだ。
「 き て― お ――きて、お―きて 起きて」
「はっ、、、 ここは。わたし、、は、、」
辺りを見渡すと、リンドウの花が咲き誇り、目の前は海だった。海も空も同じ、深く暗くも青い、なんとも神秘的な空間だった。
「ネーレウス」
背後から、聞き覚えのある、、ずっと会いたかった、、
聞きたかった声、、抱きしめたかった、、
「アストレア様」
「終わったのね。ありがとう。先に行って、、ごめんなさい。あなたを待っていたのよ。」
あぁ、やっとだ。やっと、、彼女に会えた。
気がつけば、ネーレウスはアストレアの腕の中にいた。
「頑張ったね。辛かったね。私の分まで生きてくれて、ありがとう。でも、やっぱり、駄目だったのね。」
「すみません。貴方様のように、上手くできませんでした。」
「いいの。また、あなたに会えたから。見て、リンドウが咲いているわ。このリンドウも次第に枯れてゆく。立派に咲いて、誇り高く終わりを迎えるの。どんな状況下でも素晴らしい生を全うしたの。私たちのようにね。」
アストレアはネーレウスの頭を撫でた。優しく、丁寧に。
「さぁ、そろそろ時間よ。一緒に、行きましょう。次会う時は、いつかしら。きっと、ずっと先ね。。でも、次会う時は、きっと素晴らしい人生を送れる気がするの。」
「そうですね。アストレア様、、愛しています。」
「えぇ。私もよ。もう、私はただの人よ。そんなにかしこまらないで、私の名前を呼んで、ネーレウス。」
あたたかな潮風とリンドウの薫りに包まれながら、海と空の果てしない境界線を2人は深い深いミッドナイトブルーの中へ進んでいく。
「―うん。愛してる。アストレア・D・アトランティス。」