優月 詩羽

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「どこにも書けないこと」

「彼女の思いはきっとここに詰まっていた。」

少佐は、胸に拳を力強くあて、力いっぱい言った。

そんなどストレートな言葉を聞いても、
僕は何も言えなかった。何も響かなかった。

ただうつむいたままだ。

だって、今さらどんなに言ったって、伝えたって、
彼女に届くことはない。

今の大日本帝国は、大抵の人間が貧乏な暮らしを強いられている。
配給制度といえど、ほとんど食べ物は手にはいらず、
おまけに贅沢は敵などと言う。

蒸し暑い風が僕を包み込む。ジリジリと湿った空気がより一層僕の気持ちを高めるかのように、汗ばんでいく。

「お前の気持ちは痛いほど分かる。だがな、お前も明日だろ、。お前がそんな顔してたら嫁さんも成仏しように、できないぞ、、なぁ、顔を上げろ!!一飛曹!!」

「はいっ!」

彼女は僕よりも前に旅立ってしまった。もともと貧弱な人だったが、誰よりもあったかい人だった。どんなにお腹がへっても、どれだけしんどくても笑ってる人だった。
「こんくらい大丈夫ですよ。そんなことよりもう休んどってください。いつもお疲れ様です。」
そう言って毎日僕を支えてくれた彼女も、空襲に巻き込まれ、両腕をなくしてしまった。。それを知らされたときには、もう遅かった。彼女は間もなく旅立ったのだ。
両腕を失った彼女は、何を思ったのだろうか。何か言い残したことはなかったのか。そんな、不安が僕の頭をぐるぐると回っている。

「おいっ!もう一度言わせたいのか!!」

「! すみません!もう、大丈夫であります!」

いけない、いけない。
こんな顔をしていたら彼女に心配をかけてしまう。
笑っていよう。何事もなかったかのように。
お国のために命をかけゆく神のように。
旅立つことなど何も怖くないかのように。

その夜、見るはずもない君に手紙を書いた。
どのように書けばよいものか、、
少しばかり悩んでしまった。

父、母、妹、親戚のおばさん、どれだけの手紙を書こうとも、上手く書けない。心配をかけたくない。

せめて、最後はこんな息子を誇らしく思ってもらえるようにー。


爽やかな朝だった。

空は珍しく晴天に恵まれ、心地よい風が僕の体を包み込んだ。

きっと君が僕が来るのを楽しみに待ってくれているんだと、そう思うことにした。
「どうか、待っとってください。もう会えますから。」

最後のお酒を飲み干して、僕は手を振る。

「行ってきますー。」







「息子は最後までずっと笑顔でした。きっと、お国のために旅立てることが嬉しいのでしょう。
息子は、大きい大きい期待とともに旅立っていきました。沢山の手紙をありがとう。私はあなたを誇りに思います。」

彼の母は、日記にそう記した。

「その大きい期待は一方通行で、終わりが決まっているのに、、。息子の笑顔の裏には何があったんやろか。」
彼の母は誰にも聞こえない声で呟いた。
「夜やけぇ、涙が出る日もあるよねぇ。月見てうるっとしてしもうたんやね。」
            
             ⋯

「少佐、、言わなくてよかったんですか、、」
「何をだ?ニ飛曹。」
「何をって、彼の嫁さんの最期ですよ。伝言も預かっていたんじゃあないですか?」
少佐は少し考えてこう言った。
「いいんだ、、離れていては伝わらない。彼女の気持ちは、きっと会わないと分からない。伝言なんて、受け取った側は第三者や紙に記したメモを介して受け取るだろう。それじゃあ、だめなんだ。彼の友人であった者が、代わりに見舞いに行った時は、ものすごく穏やかな顔をしていたそうだ。」
「そうですか。よかった。」
「だか、彼女の治療を担当してくださった看護婦さんによれば、毎日泣いていたそうだ。。わかるだろう?」
「、、はい。きっと彼も分かっていたでしょうね。だから、あえて聞かなかった。。そうですよね?、」
「さぁ、どうだろうな。俺たちには分からないし、どうせこの会話なんて歴史には残りやしない。さぁ、お前も、もうすぐだろうから、用意をしておけよ。」

            ⋯

誰にも聞かれてはいかない。決して記してはいけない。

大きな燃料を抱えた期待の音が僕の心の臓に響き渡る。

彼女は、こんな僕を許してくれるだろうか。こんな戦争を早く終わらせるためにも僕はやらなくてはいけない。それこそが僕の生きる理由であり、大事な人を、君を守るために。。なのに、君は僕よりも先にいってしまわれた。この不甲斐ない僕をどうか、笑顔で出迎えてくれ。
あぁ、この気持ちの行き場は海へと投げ捨ててしまおう。

どうせこの気持ちなんか、誰にもわかりやしない。
この世は本心を書いてはいけない。言ってもいけない。
心と心で察する他ない。
ようやく、期待に応える時がきた。
お国に最後の挨拶を告げる。僕には理解のできない音が最後の挨拶なんてー。

「あー、死にとぉな」
その瞬間、彼はようやく彼女に会うことが出来たのだ。
それこそ、彼が最も書きたかったことだった。

「ーー会いたかった。」

2/7/2026, 3:22:39 PM