息子が大学受験を経て春から大学生になる。
ちっとも勉強しないといつもハラハラしていた私にとって朗報である。
本人は共通テストの成績は良かったし、後期試験の受験科目は得意の数学だけでかなり自信を持っていた。
だから息子にとっては思惑通りの桜咲く。
一緒に大学へ赴いて入学手続きをした帰り。
息子は特急電車の車内で横並びの8人がけの私の隣に座り、微かな寝息を立てている。
息子は思春期が長引いているのか。
駅から大学、大学から駅、駅構内に至るまで、ちっとも隣に並んで歩いてくれなくて、私たちは前後に並んで歩いた。
おまけに家から通学できる距離なのに、一人暮らしを考えていると言われて。
お母さんは寂しいよ。
息子の成長を喜ぶべき。そんなことはわかっている。
自立しようとしている息子のことが嬉しいし、誇らしいとも思うけど。
でもね、寂しい。
心配も尽きない。
まともにご飯を食べて、洗濯をして、寝坊しないで学校に通える?
寝顔を見るのは久しぶり。
薄っすら髭が生えているのがなんだかなあ。
髭剃りも用意しなきゃいけないのか。
特急電車は人がまばらな駅舎をいくつも通り過ぎて行く。
「あ」
私の声に向かい側の席に座る人がスマホを見ている顔を上げた。
息子は寝ている。
通り過ぎて行ったプラットフォームの遥か向こうの山間に、満開の桜が咲き誇っていた。
ソメイヨシノが咲くにはまだ早い、別の種類の桜なのだろう。
そう言えば、桜の色が少し濃かった気がする。
春爛漫。
目に焼き付いた桜色。
息子の穏やかな寝顔。
目に焼き付けようと思っていたのに、目を開けてしまった。
もう一回寝ないかなあ。
そんな私の期待を裏切って、息子は咳払いをした。
隣に座っている。
まあこれも幸せか。
あと10分の小さな幸せ。
春爛漫 & 小さな幸せ
手を繋いで
後ほど
君を抱きしめても、どこか君と寄り添えていない気がして、もっと強く抱きしめる。
「痛いよ」と言う君の声が、以前はどこか嬉しそうに聞こえていたのに、
今は、「痛い」とだけ聞こえてくる。
今、何を思っているの?
僕のこと、どう思っているの?
まだ、僕のことが好き?
他に好きなヤツがいるの?
決定的なことは何一つ聞けなくて、
君の身体の抱きしめる力を緩める。
そうすれば、「痛いから離して」と言う口実を潰せるから。
ねえ、
僕は心のざわめきがずっと止まらないんだ。
本当は、君だって、ざわめきが止まらないだろう?
君は、僕の親友に、ときめいているんだろう?
僕が君にキスを試してみたら、
君は僕を拒否して、
君は楽になれるのかなあ。
最終的に、僕と君は、心のざわめきから解放されるのかなあ。
でも、
僕からはキスしないし、
僕をどう思っているのかも、
まだ僕のことを好きなのかも、
僕の親友を好きになってしまったのかも、
何もかも聞かないよ。
僕と同じように、
心のざわめきを抱えていけばいいさ。
いつかざわめきを抱えられなくなって、
僕が君を許すのが先か、
君の罪悪感が破裂するその日まで。
心のざわめき
嗚呼、どうして好きになっちゃったんだろう。
初恋の人を忘れられないって知っているから、絶対に好きになりたくなかったのに。
好きになりたくないなんて意固地になっているってことは、裏を返せば異性として意識しているのに他ならないのにね。
不意に目が合った。
私がずっと見つめてしまったせいかもしれないけれど。
何かに気づいたフリをして、そっと視線を逸らす。
嗚呼、私は貴方に恋心を気づかれたくないの。
これまで貴方を好きになった多くの女性同様、「忘れられない人がいる」って決定的なことを言われたくない。
嗚呼、私は貴方を好きじゃないフリをするから。
どうか、友だちのままでいさせて。
嗚呼
授業後、教室の前の方の席で女子がなんだか盛り上がっていた。
陰キャの俺には関係ないし、と帰り支度をしていると、女子の輪に男子も加わり始め、集団が大きくなりつつあった。
帰り支度を終えて後ろのドアをガラッと開けると、「ちょっと待って」と声がかかる。
「俺?」
「そう。この曲、知ってる?」
ラララ〜と口ずさみ始めたその曲に、聴き覚えがある。
でも、ラララと歌うその部分の前後に覚えはなく。
「聴き覚えはあるんだけど…」
「あああ、皆んなそうなんだよね…」
いつの間にかクラス全員が曲の一部を口ずさまれて、曲名を思い出せないドツボにハマっている状況。
「あ、曲を調べるアプリってなかったっけ?」
「わっ、頭良!」
アプリを入れて口ずさんでみる女子。
「ヒットしないんだけど」
「えー?」
他の奴らもアプリを使ってみるけど、わからず…
真相は闇の中。
だけどクラスは妙な一体感に包まれて、カラオケへ行こうと盛り上がっていた。
「カラオケ行く人挙手ー!」
カラオケへ行くと盛り上がっている輪から外れていた男子もパラパラと挙手をする。
普段は参加しない奴らのことを言い出しっぺグループが笑顔で歓迎する。
楽しそうだなと羨ましく思いつつも、ぼっちで陰気キャの俺は手を挙げる勇気はない。
そっとその場から離れると、「一緒にいかない?」と声をかけられた。
俺に曲名を知っているか質問して、ラララと口ずさんだ女子。
「今日、ちょっと、用事があって…」
「そっか。また今度ね」
バイバイ、と手を振って、グループの輪に戻って行く。
俺は盛り上がる教室を後にした。
さっきの女の子が口ずさんだラララが脳内で繰り返し再生する。
綺麗な声だったなあ。
あの子の歌声は聴いてみたかったかも。
それにしても、あの曲名はなんだ?
クラスの皆んなは忘れているだろうラララを俺は口ずさんだ。
ラララ