「さわっても良いですか?」
公園で犬の散歩をしていると、ひとりの女の子が話しかけてきた。
小学3.4年生くらい?礼儀正しい可愛い子だなあ。
うちのチワワはおとなしく、噛みついたりしたことはない。
「うん、良いよ」
女の子はそおっと優しく背中を撫でた。
犬もおとなしく撫でられている。
女の子はワンコをひとしきり撫でた後、
「ありがとうございました」と私にはお礼を言い、
ワンコには「バイバイ」と手を振って、友だちの輪に再び加わっていった。
「さ、いこ?」
ワンコは女の子たちが遊んでいる遊具を眺めるように体を向けておすわりした。
「あれ?行くよ」
おすわり続行。
紐を引っ張っても足を突っ張って動こうとしない。
「ありゃ。嬉しかったんだねぇ」
少しだけ付き合うかと、ワンコの後ろに座り背中を撫でて、遊具で遊ぶ女の子たちを眺める。
5分もしないうちに、さっきの女の子が走ってきた。
「ワンちゃん、疲れちゃったんですか?」
「うーん、皆んなが遊んでるのを見たいんだと思うよ」
「かわいいっ」
女の子は喜び、でも、先ほどと同じく、そおっとワンコを撫でる。
「動かなかったら、どうするんですか?」
「抱っこだねえ。しばらく抱っこしてあげれば気が済んで、また歩き出すから」
「甘えてるってことですか?」
「そういうことだね」
「かわいい」
女の子とのおしゃべりを楽しんでいると、公園内で短く音楽が流れた後、
『5時になりました。早くお家に帰りましょう』
帰宅を促すアナウンスが流れた。
女の子の友だちが全員合流して、ワンコをかわいいと愛でてくれる。
ひとしきり皆んながワンコを撫でた後、
「バイバイ」とワンコに言って、私も子どもたちにバイバイと手を振る。
ワンコは女の子たちの後ろを追いかけて歩く。その足取りは軽い。
ニコニコしてかわいいけど、バイバイできていない。それがいかにも人間大好きな犬っぽくて可愛すぎる。
公園外の横断歩道を渡るとこまで見送って、自分も行きたいと主張するワンコの頭を撫でる。
「キリないよ。楽しかったね」
バイバイが理解できないワンコ。
女の子たちとずっと一緒に遊べると信じて疑わないワンコ。
愛おしくて抱っこをすると、べろべろと顔をしつこく舐められた。
バイバイ
私はよく居眠りをする。
旦那が運転する車内で、
新幹線の車内で、
飛行機内で。
私にとって、移動時間は睡眠時間。
うつらうつらと眠くなり、眠っては起きて、起きては眠ってを繰り返す。
旦那の運転が荒過ぎるが故の移動中の睡眠は、乗り物酔いしやすい私が編み出した対処法。
(いつの間にか、乗り物全般に適応したのは些か困っているけれど)
移動中に目を覚ませば、
そこはもう見知らぬ世界の旅の途中。
長い長いトンネルの中を走っていたり、
海岸沿いのビューポイントだったり。
瞬間移動してる楽しさは、私の居眠りがないと始まらない。
家族で旅行に出かけたその日、目が覚めると車はSAの駐車場に停めようとしているところだった。
車から降りると、聞き馴染みのない方言が私の知らない抑揚で飛び交っている。
幟で推されている名物は、私の知らないB級グルメ。
炭火の美味しそうな匂いに誘われてキッチンカーを覗くと、良い塩梅に焦げ目のついた大ぶりのお肉!
食べたら旅館の夕食が食べられなくなっちゃう?
魚介食べ放題のプランなのに、それは避けたい。
いやいや、こんなに美味しそうなのに食べないなんて勿体ない。
とりあえず一旦冷静になろう。
その場を離れて自販機でお茶を買おうとして、和紅茶のペットボトルを見つける。
へぇ、珍しい。
コレを買って、さっきのお肉は諦めて…
頭の中で折り合いをつけていると、さっきの美味しそうな匂いが濃くなった。
振り返ると、別行動をしていた娘がパッキングされた物を持ち上げた。
「お母さん、お肉食べたかったんでしょ」
「バレてた?」
「バレバレ。味見しよ」
「うん」
口を大きめに開けて、ひとくちづつ皆んなで頬張る。
決して満腹感が出ないように、遠慮がちに名物をシェアして、思い出を貯金する。
旅の途中。
それはスタンプラリーのようなものかもしれない。
立ち寄るけれど、ゴールはまだ先にあって、ゴールから逆算しながら楽しむという過ごし方。
旅の途中
あなたは知らない。
私があなたに対して、たくさんの不満を抱えていることを。
あなたはいつも自分の意見ばかりで、
ドラマを「くだらない」と私が毎週観ていることを気づきもせずにチャンネルを変えようとするし、
昼食と夕食分で炊いたご飯を「たくさん炊いたね」と昼食で終わらせようとする。
旅行でレジャースポットに行っても私や子どもたちを置いて、どんどん歩いて行くのが辛かった。私は泣きながらあなたの姿を追いかけていたんだよ。
悪阻で辛かったときに「これなら食べれそう」と必死で作ったサラダを私の分を残さずに全部食べたのは、まだ許してないんだからね。
あなたもきっと私に不満がたくさんあるんでしょうね。
あなたと私は時々喧嘩する。
あなたは怒ったらスッキリするの?
怒った後は普通に接してくるけど、私はあなたを許す気にはなれないんだよ。
あなたは知らない。
自分をいつも正しいと思っていて、妻に寄り添わない。
あなたの知らないって幸せだね。
その幸せ、ずっと続くかはわからないけれど。
まだ知らない君
「妹みたいなものだから」って友人たちには言ってきた。
君の好意を可愛いなぁって笑っていられなくなって、ドキドキと心が逸るようになったのはいつからだった?
認めるよ。
君が他のヤツに馴れ馴れしく声をかけられているのを見るのが嫌で嫌で仕方ないって。
「妹みたいなもの」って言いながら、俺は君へ贈り物1つしたことがなかったね。
君からは愛情がこもったプレゼントを長年もらってきたのに。
さあ、瞳をとじて。
片手をとって、手のひらにそっと置く。
ピンク色のリボンを結んだ、僕の部屋の合鍵を。
見開かれた瞳をもう一度閉じさせて、そおっと優しくキスをした。
あなたへの贈り物 & 瞳をとじて
私は自他共に認める方向音痴。
地図は向かう方向を上に向けないと行き先がわからないので、ぐるぐる回して歩く。
スマホの地図アプリで現在地を表示しても、自分が動いてみないと自分が向いている方向がわからない。
駐車場に自分で停めた自家用車の位置がわからなくて長時間探す。
商業施設の店で買い物した後で歩いている方向は、行きたい方向とは真逆で元の通りを戻っている。
兎に角、自慢ではないけど、私の方向音痴のエピソードはたくさんある。
旦那は、羅針盤のような人。
地図は北を上にするし、初めての場所でも方角はわかっていて、元来た道を引き返すこともない。
「なんで初めてでも迷わないの?」
「鳥になったつもりで、空から景色を見るイメージでいれば迷わんよ」
「…私には無理だ。どこに何があるかさっぱり」
「ね、お母さんはそうだよね。日本地図を思い浮かべた時、自分がどっち向いてるかわからんでしょ」
「うん、全く」
「わしがおらんとお母さんは迷子になるね」
…そう思うなら、もっとゆっくり歩いてよ。
と文句を言う代わりに、重いバッグを持たせた。
旦那は、生き方においても羅針盤のような人。
長女の進学先もネットを駆使してたくさん調べて、候補の中から「この大学へ」と勧めてくる。
長女と私は出身高校が同じで、そんなに高学歴は望めない。
と、高校受験前に懇々と説明したけれど人の話は聞かないので、旦那はこの大学に落ちるわけがないと懇々と述べた。
で、半信半疑でその大学に受験して落ちた…
長女の受験に対する必死さが足りないとも言えたけれど。
旦那は昔から、自分を信じて高みを目指して能力を向上させた人だとエピソードを聞いていて思った。だから、家族の皆んなもそれができると思っている。
羅針盤は強固でテコでも動かない、ある意味欠陥品かもしれない。
でも、頑張れば、その道へ進めそうだと希望も持てる。
長男が共通テストを受けた。
次は大学の前期試験。
羅針盤はとんでもなく優れた大学へ向いている。
長男はそこへ向けて勉強中だけれど、共通テストを終えて少しだけギアが緩んでしまっているように見受けられる。
共通テストのリサーチによって、受験先を変更するか否かは旦那の羅針盤と、息子が「受ける、受けない」のどちらを言うかにかかっている。
そこには、学校の意見も予備校の意見も関係ないのだ。
私は誰とも揉めないように、へらりと笑って同意してしまうことが多い。
そこに羅針盤はなく、地図をぐるぐる回す生き方だ。
テコでも動かないとムカつくことも多いけれど、
私は羅針盤のような旦那に憧れているのも事実です。
羅針盤