学生の話
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放課後、教室でテスト勉強をしていた。
外では運動部が多く活動しているはずなのに、テニス部の活動している声がよく聞こえてくる。
それは、クラスメイト兼私の想い人がテニス部に所属しているせいだろうか。
彼のことを思い出した途端、胸の鼓動が速まる感覚がした。あの笑顔も、あの声も、あの優しさも。全てが愛おしく感じてしまう。
勉強の休憩と称した人間観察に勤しむ私は、彼のことで頭がいっぱいだった。
♢
この間、友達に俺の好きな人が教室から俺の事を見ているという話を聞いた。
自意識過剰ではないと言いたいところが、確かに視線は感じていた。
それが彼女のものだと言う事実を確かめたいと思ってしまうのは、恋に落ちた代償なのだろうか。
だから今日も、彼女に聞こえるように気合いを入れた
大きな声を出す。
20250215 【君の声がする】
社会人の話
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今日は結婚記念日4年目。
私自身どうにも記念日が覚えられなくて、でもこれだけは覚えていたいから!ということでバレンタイン当日になった。
付き合ってから毎年、彼氏から旦那になった彼はこの日になると「何かしら」プレゼントをくれる。
毎年、今年はなんだろうなぁと期待している自分は少しだけいる。
ただいま、という彼。
手元を見ると、通勤用のバッグだけだった。
烏滸がましくなってはいけない、と自分に言い聞かせて、いつもより気合いを入れた夜ご飯を二人で食べる。
食べ終わっても、今日限定の話は出てこなかった。
♢
今日で結婚記念日の4回目を迎えられた。
毎年、この時期になると悩むのが妻となった彼女へのプレゼントだ。
毎年何かしらあげたいと思うのは俺が形で感謝と愛を示したいという小っ恥ずかしい理由だけど、今年は特に悩んだ。
その理由は、俺の母にある。
この間、実家に帰った時に母の婚約指輪を貰った。
せっかくだから奥さんにあげて欲しい、と。
俺にどうしろと言うんだと言いたかったが、そんなことは言えずに考え抜いた結果が【今年のプレゼント】だ。
今年は彼女にこの指輪をあげることにした。
重ね付けで。
重ね付けは、「愛を永遠にロックする」という意味があると聞いたことがあった。4年目、というなんとも言えない節目ではあるが、この指輪をつけている彼女をみたいという一心で重ね付けができるように準備をしてきた。
俺の気持ち、伝えられるだろうか。
♢
次の日、指輪に見とれて出社の準備が遅れた彼女を見たのは4年ぶりの出来事だった。
20250214 【ありがとう】
学生の話
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「私サプライズあんまり好きじゃないんだよね」
「え〜私はこういうの好きだけど」
友達と話していると、この話題だけは一度も意見が合致したことが無い。私の周りは何故かミーハーっぽい子が多くて、どうにもそこだけは意見が合わない。これ以外の好きな物(趣味とか?)はだいたい同じなのに。
そもそもサプライズ、というもの自体が嫌いという訳では無いが、私の知らないとこでこんな準備するの大変だったんだろうなぁとか余計なことを考えてしまうからだ。いらないとこまで気を回してしまうのは昔からの癖だし、直す気力も湧かない。
♢
ある日、例のミーハータイプ親友が休んだ。せっかくだし、と屋上で一人でお昼を食べていると、上から声が降ってきた。…上から?屋上なのに?
声のするほうを向くと、後ろには男の子が立っていた。
私が座ってたんだ、立っている彼の声が降ってくるのは当たり前か。
彼は私のクラスメイトで、友人とは呼べないぐらいの距離感だった。…この「距離感」は、私が敢えてとっていたのに。
「…なんですか」
「クラスメイトにそれは無いでしょうよ」
「あなたみたいな陽キャさんは得意じゃないの」
「あなたの友達陽キャばかりですけど?」
「趣味が合うだけなの」
ふぅん、とだけ言って帰る…と思えば、彼は風で吹き飛んでしまいそうなほど小さな紙を私に渡して帰って行った。いや結局帰るんかい。
律儀に折りたたまれた紙は、あの彼が折ったようには見えなかった。これがギャップというものなのか…?
はらりと四つ折りされた紙を私も律儀に、と言わんばかりに両手で開く。
【告白したいから放課後校舎裏来て】
卒倒した。
♢
(告る前に幻滅されても困るしこれならいけるだろ、っていう安心材料にしたかったんだけど…)
((これはこれで心臓やばいな…!?))
20250213 【そっと伝えたい】
学生の話
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…頭が痛い。
天気が悪いかと言われれば少し悪いかもしれないが、それが原因では無い、と思う。
薬を飲んでも余計睡魔がやってくるのはごめんだ。
(眠…今ならアスファルトの上でも寝れる自信ある…)
期末テストでギリギリ赤点セーフになったと安堵していた私に舞い込んできた、仰天ニュース。
【単元テストの結果も別で追試をする】。
期末だけに全精力をつぎ込んだ私、大敗の巻。
これを乗り越えなければ、春休みも返上しなければならないという最悪の事態が待ち受けていた。
そしてこの春休みは、私にとって人生の最高点と言っても過言ではなかった。
(絶対…先輩とデート行って…彼女の座をゲットするんだ…)
この言葉を昨日の夜勉強しながら呪文のように唱えていた私。はたから見たら何かの霊だったと思う。ここで再追試にならないように睡眠時間を削ってまで勉強した結果、こんな頭痛に見舞われてしまったのだ。我ながら馬鹿でしかない。
今、私は部活の一個上の先輩に一方的な想いをもっている。先輩は私のことを後輩としか思ってないだろうけど、男女混合の部活だしこういう感情が出てきても許して欲しい。
今年で3年生になる先輩は、エスカレーター式の学校である我が校の大学に行くみたいだし、よく言う「勉強に集中するから付き合えない」なんて返しはそんなに出てこないはず。というか、そんな時期に先輩に突っかかる女にはなりたくない。
今日は追試当日。全力で頑張ろう。寝ずに。
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先生の合図と共に、ペンを置く。
名前は書き忘れてないし、多分大丈夫だろう。
試験の教室から出て、帰宅の準備をする。特編授業の後のこれはさすがに体がしんどかった。
お昼は…ちょっと日差しも出てきたし、外で食べよう。
木の下にあるベンチで一人お弁当を広げるのはここ一年で慣れてしまった。友達というよりクラスメイトと言った方がしっくりくるぐらいの関係性で、お弁当を一緒に食べるというのは何となくハードルが高いと思ってしまう。
先輩と一緒にいるのもあんまり無いしなぁとぶつぶつ呟きながら、お弁当の蓋をぱかっと開ける。色は茶色でも気にしない。
いただきます、と一人でも礼儀良く食べるのは、少しでも自分磨きをしたいという心の現れなのかもしれない。
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…知らないうちに寝ていたのだろうか。
目を覚ました私は、学校のベンチではなく公園のベンチに座っている。服も制服ではなく、ちょっとオシャレな私服だ。しかもお昼だったはずなのに夕方になっていて少しパニックになる。
これらの辻褄を合わせるには、ひとつしかない。
(これ、夢か)
言わゆる三人称視点で自分の姿を俯瞰している私。ちょっと新鮮な気がする。
「ごめん、おまたせ」
「いえ大丈夫です!ありがとうございます」
そう言って貰っているのは自販機で買ってきたであろうお茶。先輩が買ってきてくれているのか?申し訳ない気持ちでいっぱいになる。現に私自身がしてもらっている訳では無いが。
「あのっ」
「…?どうしたの」
「いきなりこんなこと言うのも変かもしれないんですけど、私、先輩のこと…す、好き…なんです」
「!」
「ずっとかっこいい先輩見てて、気づいたら好きで…えっと、良ければ…付き合ってくれませんか…?」
おいまじか。今言っちゃうの?私。
先輩の顔は…
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「ん…」
今なんか変な夢見てたかこれ…。確か、私先輩に告ってたよね。で、答え…
「聞いてないな!?」
一気に目が覚めた。あんなに睡眠不足で頭痛がしていたのに、そんなことを忘れてまで私は先輩のことで頭がいっぱいだった。
春休み、私は先輩とデートに行ったらどうなるのだろうか。告って失敗したら部活が気まずすぎる。
えぇ…と頭をさっきとは違う意味で抱えていると、足元に影が出来た。靴はなんだか見覚えのあるもので。
ふっと見上げると、私の頭を抱えさせている張本人が私を見下ろすように立っていた。
「どうしたの、そんな頭抱えてて」
「いやなんでもないです本当にまじで」
「凄い否定してんじゃん、逆に気になるやつ」
「いやほんとないんで、何も」
そっかぁ、と言いながら先輩は私の隣に腰掛ける。おい、手が触れそうですよ、手が!!
「…先輩こそどうしたんですか」
「あぁ、そうそう」
ばっとこちらを向く先輩。顔が綺麗と言いそうになる口を全力でつむぐ。
君さえ良ければ春休み、どっか出かけない?
「…は?」
「先輩には?はないと思うよ」
「すみません、願ってもない話っていうか」
「ふーん、願ってもない話、なんだ?」
「あっ、えと、その」
何私口走ってんだよ!
先輩ちょっと、にまにまするのやめてくださいよ。
「なんで私なんですか」
「んー?何となく?面白そうだから」
「特に面白くないですよ、私なんて」
可愛いことを言えない私。素直になれないのが悔しい。
でも、そんなことを言っても聞いてくれないのが先輩、なんてことは1年も一緒にいれば分かるものだった。
「出かけるの、いいってことでいい?」
「…好きにしてください」
「ふふ、ありがとね?」
…こちらこそ、とだけぼそっと言うと先輩はすっくと立ち上がって私の元を離れていった。台風みたいだな…
私が見た夢は、正夢となるのか。
あの空気感は避けたいが、とにかく今とは違う幸せな関係性になれるように、私も準備を始めるとしよう。
まずは睡眠不足でできたクマを消すことから。
20250212 【未来の記憶】
学生の話
引用:「こころ」夏目漱石著
「山月記」中島敦著
(ネタバレ少しあります)
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「夏目漱石っているじゃん」
「月が綺麗な人?」
「まぁそうだね。あながち間違いではないよ、言い方だけ直して」
「すいません」
テスト期間中、図書館で勉強している私たちは「補習を回避する」というただ一つの目標に向けて猛勉強をしていた。そこで、今回のテスト範囲となったのが夏目漱石が書いた「こころ」である。
隣にいる彼は一つ下の私の後輩。マネージャーと部員、というそれ以上もそれ以下もない関係性だけど、この時期となると誰よりも結束力は高くなっていた。
彼の方では「山月記」がテストで出るようだった。去年、私も虎になった気分で問題を解いていたのは内緒にしておきたい。何となく、恥ずかしいし。
「先輩」
「?なに?」
「ここなんスけど…」
ワークの問題とついてくるように、彼がぐっと近づく。
特に何も無い関係、と思ってはいるが、この距離感だとあまりよろしくないことを考えてしまうのは思春期だからだろうか。
「臆病なじそんしん?とか、尊大な…」
「羞恥心」
「それっス。これの心理を答えよ、ってなんスか?」
「えぇ…」
私に聞かれても…という訳にもいかず、一緒に考えてみる。登場人物の心理を考える問題は私的に「いかに感情移入できるか」だと思ってるので、目を瞑って考えてみる。
…何となくだが、分かってきた。
自分の気持ちを公に出したくなかったり、それは自分が出来ない部分を知られたくない、という保身からなるのではないか────と言えばいいか。ヒントにしかならないかもしれないが、私の考えを伝えるには十分な気がする。
うん、と俯いた状態から顔をあげようとした時、むにっと口元に何か当たった気がした。
(──?!)
鈍感では無い私。これがどういう状況なのか、10文字以内に答えよと言われれば簡単に答えられる。
私はキスされている。
衝撃のあまり固まっていると、人肌より少し温かい温もりが離れていく。
「すいません、我慢できなくて」
「…は?え?」
「ここまできちゃったんでもう全部言っちゃうんですけど、俺先輩のこと好きなんで」
「うん…?」
「この勉強会も下心ないかって言われたらめちゃくちゃあるんですけど」
「成績悪いんじゃなかったの」
「悪いのは、そうっスけど…」
2人で話していると、先生に注意された。どうやらカウンターまで声が聞こえていたようだった。現場を見られてないなら、まぁ、いいか…
ごめんなさい、とだけ言ってまた勉強を再開する。
すると、彼はカウンターにいる先生に聞こえないような掠れる声で話しかけてきた。
「俺、焦ってたんスよ」
「なんで?」
「先輩、今日告白されてたの見ちゃったんで」
「まじか」
今日、部室の裏に呼び出されたと思えば同級生の部員から告白された。特に好意も何も無かったので、ありがとうとだけ言って断ったが。まさか見られてたとは…
「先輩がなんて言ったのかは聞こえなかったんで」
「え、断ったよ」
「…ならいいんスけど」
気持ちだけ先走っちゃったんで。
横取りしようって、思ってました。
先輩という立場上なのかはたまた別の感情なのか分からないが、ぶすくれる彼がどうにも可愛く見えてしまう。
ふふ、と声を漏らしそうになるのをグッとこらえて、机に体を向ける。
問題文を読んでみると、私も心理に関する問題にあたった。うわ、まじか…
【「私」と「お嬢さん」の関係について、「K」から見た二人の関係はどのように感じただろうか。】
…どうなんだ、これ。
Kは実際二人が結ばれて前向きな気持ちでは無かったはずだけど、二人はKがいなくなるまで少なくとも幸せだった、のだろうか。
Kにこころを寄せて、考えてみる。
「私」は、「K」から、「お嬢さん」を取った───
(横取りしようって、思ってました。)
ふと、彼の言葉が蘇る。理由なんて、考えなくとも分かった。
今の私は、「お嬢さん」と同じ立場なのだろうか。
私に告白してきた部員は、私と彼との関係性を知らない。知らなければ、幸せだったのだろうか?
考えるほど、ぐるぐるしてきてしまう。
でも、私たちの場合、物語とは違う点が一つあることに気がついた。それは、私が敢えて向き合おうとしてこなかったもの。
私の「ココロ」である。
正直、彼にキスをされてから気づいてしまった。気づかされてしまったのだ。
私は彼のことが好きなんだ。
言語化してみると、なんだか小っ恥ずかしい。
でも、体が自然と彼の方を向いていて、
彼の頬に、私の唇を添えていた。
答案に一言、添えてから──────。
【「K」が二人の発展した関係性を知らなければ、幸せだったと思う。】
20250211 【ココロ】