近藤らく

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2/13/2026, 7:04:56 AM


伝えたい



もう一度会って、「ありがとう」と伝えたい。
そんな人が、誰の人生にも一人くらいはいるのではないだろうか。

二十年前、私は名古屋の小さな食品卸売会社で営業として働いていた。
学生時代、特にやりたいこともなく、受かった数社のうち唯一の内定先だった。

あの頃の私は、どこにいても居場所がないような感覚を抱え、何をしても没頭できずにいた。

営業の仕事は、今のようにスマートフォンやAIのない時代だった。
一軒一軒チラシを配り、反応のあった家を地図を頼りに訪ね、会員を獲得していく。

ある日、上司から、大きなマンションの最上階の一室を訪ねるよう指示された。
オーガニック食品の顧客は、退職後にゆとりのある人か、子育て中の家庭が多い。

扉を開けると、初老の女性が立っていた。

私は営業用の笑顔をつくり、いつものように商品と会員制度の説明を始めた。
そのとき彼女は、ふとこう言った。

「あなた、若いころの私に似ているわ」

私は思わず、彼女の瞳を見つめた。
彼女もまた、静かに私を見返していた。

「きっと今のあなたのように、私もどこにいても所在がなかったの」

彼女は玄関先に腰を下ろし、少し笑った。

「こんなおばあちゃんでもね、昔はけっこうモテたのよ。
 かっこいい恋人が何人もできても、仕事で成果を出しても、心は満たされなかった」

そして、少し間を置いて言った。

「そんなとき、私を満たしてくれたのは、本だったの」

「本の中には、私がいた。
 それが嬉しくて、食事から栄養を吸収するみたいに、本を読んだの」

「するとね、少しずつ世界が輝きはじめた。
 日常のすべてを感じられるようになったの」

「私にとって生きることは、手で、目で、鼻で、口で感じて、想像することなの」

彼女は、穏やかに微笑んだ。

「そして今、私は小説を書いているの」

気づくと、私は涙を流していた。

「だからあなたも、きっと大丈夫」

それからどうやって会社に戻ったのか、
そのマンションがどこにあったのか、
二十年の歳月が記憶から消し去ってしまった。

彼女は、もうこの世にいないかもしれない。

それでも、彼女の言葉は今も私の中に残っている。

私はもう、あの頃のように居場所を探してはいない。
私の居場所は、彼女と同じように――言葉の中にあったのだから。

2/11/2026, 2:34:24 PM

この場所で



夫の転勤先が北陸に決まった年の冬。

いく日も続くどんよりとした薄暗い空を見上げながら、私は心の底から泣きたくなっていた。

宮崎生まれ、宮崎育ち。
結婚して北陸に住むまで、雪の降る冬の街など、同じ日本でありながら、テレビの向こうの遠い世界の出来事だった。

私の暮らす小さなこの街は、市街地から離れた山沿いにある。

毎年のように雪が降り、多い年には車が半分埋まるほど、町中が白く覆われる。

冬の北陸から逃れたくて、私は毎年、正月を宮崎の実家で過ごすようになった。
宮崎から日本海側へ近づくにつれて次第に重く暗くなる空を見ては、そのたびに胸の奥もまた曇ったものだ。

それから七年が過ぎたころ、私は長男を出産した。

子どもの成長は早い。

一年もすれば、危なっかしい足取りながら、一人で歩きはじめる。ある日、私は息子の手を引いて、初めて近くの公園へ出かけた。

まだ雪が少し残っていたが、歩けないほどではない。

息子は何度もつまずきながら雪を踏みしめ、草をちぎり、遊具に触れ、世界を確かめるように遊んでいる。

公園の梅の木には、ふくらんだ蕾が見える。

もうすぐこの寒い北陸にも、春が来るのだ。

そのとき、胸の奥に小さな灯がともるのを感じた。

私もまだよく知らないこの公園で、息子は遊んでいる。

私の知らない道が、公園が、校舎が、この子の故郷になっていく。

私はこの場所で、この子とともに、故郷をつくっていくのだ。