欲望
三番目の父さんが亡くなって、ほぼ一年が過ぎた春の日、母は四番目の父さんを夕食に招いた。
学校から帰って玄関のドアを開けると、見知らぬ男が私を待っていた。
「お帰りなさい。そして、お邪魔しています。」
男は丁寧にそう言って、頭を下げた。
背が高く痩せていて、糊のきいたシャツがよく似合う。三番目の父さんより、ずいぶん若くてハンサムだ。
最近の母はやたら服を新調し、ネイルサロンにも通っていた。中学生の私でも、男ができたと分かるくらい露骨だった。
母は、私が物心ついてから二人の父さんを連れてきた。
一番目の父さんは身体が弱く、私が生まれて間もなく病気で亡くなったらしい。
二番目の父さんはスポーツジムのコーチだった。身体も声も大きい体育会系。プールで溺れた子供を助けようとして間抜けなことに自分が溺れて死んでしまった。
三番目の父さんは、母の勤める図書館の常連で、独り身のお爺ちゃんだった。いつものように私に読み聞かせる絵本を取りに二階へ上がり、階段から落ちてぽっくり亡くなった。
つくづく男運のない人だ。
けれど今度ばかりは、私も黙っていられない。母は昔から欲望に忠実な人ではあったが、四番目ともなると、こちらも心配になる。
「ちょっと母さん。あの人、大丈夫なんでしょうね? 見たところ健康そうだし、長持ちしそうだけど。」
台所でエプロンの紐を結び直していた母が、ちらりとこちらを見る。
「失礼ね。長持ちって何よ、家電じゃあるまいし。」
「だって、今までの父さんたち、どれも短命だったじゃない。」
男は困ったように笑い、軽く咳払いをした。
「長生きできるよう、努力します。」
その言い方が妙に真面目で、私は少し拍子抜けした。
テーブルには、見慣れない料理が並んでいる。母の得意料理はハンバーグとカレーだけだったはずなのに、今日は白ワイン蒸しや、名前の分からない葉のサラダまである。
母は新しい恋をすると、料理のレパートリーが増える。
別れると、またハンバーグに戻る。
席につきながら、私は男の手を見た。指が長く、爪がきれいに整えられている。体育会系の父さんとも、図書館の父さんとも違う手だ。
「お母さんから、あなたの話は聞いています。」
男は微笑んだ。
「私も聞いてます。優しそうな人だって。」
これは嘘だ。
私は実のところ優しそうかどうかではなく、消えなさそうかどうかを見ている。
そのとき、母がワインを注ぎながら言った。
「この人ね、しばらく一緒に住むことになると思うの。」
やっぱり来た。
フォークを握ったまま、私は母を見た。
窓の外では春の風がカーテンを揺らしている。
季節はいつだって、新しいものを連れてくる。
物憂げな空
外は雨が降っている。
「弁当忘れても傘忘れるな」
この地域の人たちが教えてくれた言葉だ。
朝の青空が、昼には雨に変わる。
天気がとても変わりやすいから、傘だけは忘れないように、と。
九州生まれの私が北陸に来て、五年が経つ。
だが冬の天気には、どうしても馴染めない。
何日も続く雨で洗濯物は乾かず、夜は鳴り響く雷に眠れない。
まれに雨の降らない日があると、この地域の人は「晴れた」と喜ぶ。
たとえ太陽が、分厚い雲に覆われていても。
こんな日は、生理前の身体を思い起こさせる。
泥沼に浸ったように重だるく、頭の奥には薄い霧がかかっている。
物憂げな空。
今年もそんな季節がやってきたのだ。
息をつき窓を開けると、絶望的に分厚い雲が、流されることなく空に居座っている。
それでも私は、いつもと何かが違う気がして、じっと空を見つめた。
何かが、違っている。
そうだ、雲の切れ間から、
細い細い一筋の光が差し込んでいるのだ。
きっと、これまでも差し込んでいたのだろう。
でも分厚い雲しか、降り続く雨しか、
私には見えていなかったのだ。
それでも今は、はっきりと見える。
空と陸とを結ぶ、一筋の光が。
太陽のような
太陽のような星が宇宙にいくつもあるように、
地球のような星もきっとどこかにあるはずだ。
寛は慣れた手つきで、天体望遠鏡のファインダーに触れながら呟いた。
夜空には無数の星。
今夜は新月で、天体部の部室には私と寛の二人きり。
寛は私に目もくれず、夢中で星を追っている。
その瞳を、私はずっと昔から知っている。
私がかつていた星からは、
小さな青い地球が見えていた。
幼いころ、父にねだって買ってもらった望遠鏡を覗くのが、日課だった。
地球の望遠鏡など、私たちのものに比べれば玩具のようなものだ。
私の望遠鏡は、遠く離れた地球を歩く蟻の動きさえ映し出す。
暇さえあれば、地球を観察した。
大統領の食卓。
ベンガルトラの交尾。
居眠りするトラック運転手。
ツバメの渡り。
そしてある日、
こちらを見つめるひとりの少年を見つけた。
少年は翌日も、その翌日も、私たちの星を見上げていた。
私はいつしか、その少年に恋をしていた。
だから私は地球に来た。
寛に会うために。
寛は、私が地球外生命体であることを知らない。
寛が私の星を見つめたように、
いま私は、寛を見つめている。
私にとっての太陽。
寛という星を。
0からの
誰もが生まれてから死ぬまで、
何かをゼロから生み出しながら生きている。
生業、財力、地位、絵画、詩……。
街を歩けば、電信柱やアパートが、
コンクリートに覆われた地面から生えている。
私たちは、人の手によって生まれたものを、
一日として見ずに過ごすことがない。
私も人生の道半ばではあるが、
人類の進歩にわずかなりとも関わってきたつもりだ。
そんな中、先月、第一子を出産した。
十月十日、腹の中で育った命を、
痛みの中でこの世界へ送り出した。
血に濡れた小さな身体は、
いまや息を吸い、声を上げ、乳を求める。
放っておけば死んでしまうその存在を、
私は骨身を惜しまず世話をする。
息子は、これまでに私が作った何よりも、
完成され、そして何よりも未熟なものだ。
そして私は息子を産んだことで、
自分の中にも新しい何かが、育ち始めているのを感じている。
今日にさよなら
幼い頃、「書く」ということは、忘れないために記憶しておく行為だと思っていた。
学校に持って行くものを書く。
日記を書く。
読書感想文を書く。
大人になり、小説や短歌を創作するようになってから、私の中で「書く」という行為は、別の色彩を帯びはじめた。
私はいま、記憶しておくためでなく、記憶を手放すために書いているような気がしている。
忘れられない出来事に、つかみどころのない気持ちに、名前を与えて、送り出してやる行為。
たとえば、
形を持たぬそれに「鳥」と名づけた瞬間、
翼を得て飛び去ってゆくように。
名前を与えたそのときから、
それらは静かに私を離れてゆく。
そうして幾度もさよならを重ねてゆくこと。
それこそが人生というものなのかもしれない。
だから私は、今日も書き続ける。