オリオン座流星群。
僕の一番好きな星座が夜空に星屑を散らす日。
毎年この時期になると、彼にわがままを言って小高い丘にバイクで連れて行ってもらう。
ヘラクレスの毒矢。魚となった神々。勇敢に闘った名も無き蟹。
毎年恒例となった彼からの星々の話を聞きながら星が流れるのを待つ。
きらりと空の一片が光ったかと思うと、白銀が尾をひきながら天球を滑り落ちた。
それに誘われるように次々と尾は増えていく。
代わり映えのない光景のはずなのに、いつまでも見ていられるような気がしていた。
「もう願い事はしましたか?」
隣からそう尋ねてきた彼の言葉で思い出す。
どんどん零れる光の1つを最後まで追うことなど微睡んできた視界では難しく、どれに願っているのかも分からない思いを抱く。
毎年恒例の、ありきたりな願い事を。
【流れ星に願いを】
今年も新緑が芽を出す前に桜を見に行くことが出来た。
丁度見頃の商売時期、桜並木の傍には良い香りのする屋台が所狭しと並んでいる。
夕食時の空腹感には抗えず、二人して早速ジャンクフードを購入してしまった。
彼はイカ焼き。自分はフランクフルト。
ブルーシートを広げお祭り気分の人々を横目に少し離れた場所に腰掛ける。
随分と暖かくなってきた風に攫われ桜の欠片が零れ落ちる様子を眺めながら、春と人々の陽気に身を委ねた。
「春爛漫、ですね」
そう零した彼の髪にふわりと花弁が一枚落ちた。
今年の春ももうすぐ終わる。
【春爛漫】
彼の瞳は、極端に色素が薄かった。
近くでじっと見ればようやく分かる程度の色。
一見白目にも見えてしまうそれは、やはりと言うべきだろうか、初対面の人からは怖がられることが多いようだ。
慣れてしまえば何てことはないのだが。
それに唯一不満があるとすれば、彼の瞳を見たい時だろうか。
君の目を見つめると、その薄い色に淡く濁った自分の瞳が映ってしまう。
その度にまるで高貴な宝石を穢してしまったような感覚に陥るのだ。
その乳白色に映る快晴や古書の色彩は大好きだ。その景色も含めて彼なのだから。
こうも自分の色が映ることを嫌うのは、どこか彼という存在を神聖視している証なのかもしれない。
【君の目を見つめると】
彼と二人で出かける時はとっておきのループタイを着ける。
以前どこかの国に行った彼がお土産として買ってきてくれたもの。
紐を括る部分に緑の蝶が止まっており、光に当たる度にキラキラと鱗粉を纏う四枚の羽が大好きだった。
きっと観光地の量産型のお土産品。
世界に1つだけ、なんて大層な物ではない。
それでも。
世界に1つだけの秘宝よりも、少しレプリカめいたこの蝶の方が、自分にはずっとずっと輝いて見えるのだ。
【1つだけ】
歴史。星座の名前。心理学。珈琲の銘柄。
彼と出会ってから、この世は知識で溢れていることを知った。
時には話の種を植えるために。
時には彼の言葉を受け止めるために。
時には、少しでも同じ景色を見たいがために。
手段ではなく目的として学びを得るようになった。
それでもこの数年で自分が得たものなど、彼の持つ巨大な宝庫の中のほんの端くれでしかないのだろう。
もっと知りたい。
もし夢を語ることが許されるのなら、いつか彼と同じ景色を見てみたいのだ。
膨大な知識を持ってしても溢れる探究心と、その喜びで構築された世界を。
【もっと知りたい】