【147,お題:ゆずの香り】
冬の化身のような人だった。
新入社員なんて珍しい時期の12月に彼は現れた
香水を付けているのか、ゆずの香りがする好青年
フランス人だという母の影響で、金色がかった白髪の彼は
日差しに反射し、雪の結晶のようにきらめいて美しかった
「こんにちは、なにか分からない事があったらいつでも聞いて」
「......ありがとうございます」
ふっと、柔らかな新雪のように微笑んだ彼は
――その数週間後、唐突に姿を消した。
「皆、知っていると思うが......いや、...やっぱり気にしないでくれ」
「課長?」
「いい、気にするな。...本当に。......すまない、皆仕事に戻ってくれ」
どことなく歯切れ悪くそう言って、気まずそうに持ち場に戻っていく
不思議なことに、その次の日から彼について言及するものは居なくなった
「お疲れ様です、お先に上がります」
「は~いお疲れー」
冬の街を1人で歩く、空から舞い降りる白い粒に足を止めた
初雪かぁ、と呟いて空を見上げる
さっき買った缶のコーンスープで指先を温めながら、クリスマスはどう過ごそうかと思いを巡らせた
実家に帰るか...、妹はペットと一緒に行ける旅行に行くらしいが、私はこれといって予定はない
「...あ、ゆず...」
ふと見たお店のショーウィンドウ、ファッション系のお店だろうか?
ゆずの香りの香水が、照明にキラキラと反射している
「......」
彼の横顔がちらつく、香水の値段は30mlで5000円ほど
少し高いが......ちょっと早めのクリスマスプレゼントということにしよう
店内に入ると、クリスマスの飾りつけがところ狭しと並んでいる
香水を選んでレジに持っていく、その時
「...っ!」
思わずパッと振り返った、今のゆずの香り、彼が付けていたものと同じものだろう
視線の先には、今まさに店を出ようとしている人の姿
「ぁ...あのっ!すみません!」
ゆらり、その人物が振り返る
どうやら、私のクリスマスは少し早めに来たようだ。
【146,お題:大空】
「俺、いつかパイロットになりたいんだ!」
「パイロットになって大空を飛び回りたい!」
「そしたら、ハルも一緒に乗せてやるからな!」
そう言ってた彼は、不慮の事故で下半身不随になった。
不慮の事故、それは操縦試験の最中だった
急な不具合を起こした試験用の航空機が墜落したのだ
不運なことに、それはパイロットになれる最終試験の時だった
ここさえ通過すれば資格が取れる、そんな中の事故だった
彼が長年追い続けた、強い憧れへの道を絶ち切ったのは
他の誰でもなく、彼が愛してやまない飛行機だったのだ
病室で見た彼の横顔はまるで別人のようだった
話しかけても反応しない、生きているのに死んでいる、全てを拒絶するような暗い表情
飛行機の話をした時だけ、ほんの少し悲しげに瞳が揺れるのが
私には酷く悲しかった。
「私、自家用操縦士のライセンス取るから」
「......、...!......」
そう言った時、初めて彼が顔を上げてくれた
「私も大空を飛んでみたいの、そして......」
一旦言葉を切る、彼にこの言葉を掛けていいのか迷いがあった
少し考えて息の塊をひとのみにして、言った
「そしたら...アンタも一緒に乗せてあげるから」
何で私はこんなに口下手なんだ、と密かに自身を呪いながら
不器用にでも笑ったつもりだ、彼は少し目を見開いて
もう一度瞼を閉じた、それから少し間を空けて
「......おう、...頑張れ...!」
へにゃりとそう笑って見せた。
【145,お題:ベルの音】
「ただいまー」
トタトタとリズミカルな足音、リンリンと揺れる首の鈴音
「わふっ!」
ぴょんと飛び込んでくる、茶色と白のもふもふの毛
「ベルー!ただいまー!」
ぎゅーっと抱きしめて、わしゃわしゃとお腹を撫で回す
もふもふのお腹に顔を埋めると、さっきまで昼寝でもしてたのか
お日様のいい匂いがした
「ベルちゃんといい子してたー?」
「わう!わふっわふっ」
よーしよしよしと滅茶苦茶に撫で回し、ようやく玄関から奥にあがる
素早く手洗いを済ませて、こたつに滑り込みテレビを付ける
ベルはこたつが付いたと同時に中に入り込んでいる、お前は猫か
「温かいね~」
「わうふ!」
こたつの中をモゾモゾと動いて、ぴょこんと私の足の足元から顔を出すベル
そのもふもふをぎゅーっと抱きしめると、嬉しそうに目を細めた
「もうクリスマスシーズンだね~」
なんとなく付けたテレビのバラエティで、いろんな種類のクリスマスソングが流れている
ジングルベル、赤鼻のトナカイ、慌てん坊のサンタクロース......意外と分かるな私
リンゴンカンコンと近くの教会からベルの音がする
クリスマスだぁ~と誰にでもなく呟いてごろんと横になった
クリスマス1人、いわゆるクリぼっちだが私にはベルが居るもんね~
「くう?」
「んーベルかわいい~!」
わしゃわしゃと撫で回す、その手からスルリと抜けて部屋の隅に駆けていくベル
直後リード咥えて戻ってきた、その目は期待に輝いている
「あ~お散歩かぁ、外寒いんだよなぁ...」
「......(無言の圧力)」
「んんん行くかぁぁぁ」
「わううっ!」
リードを繋げて外に出る、クリスマスシーズンだからか
イルミネーションをしてる家が多くて、街がかなり賑やかに見える
「初雪ももうすぐかな~」
「わふ!」
ベルも居るし、今年はいい冬にしたいなぁ
【144,お題:寂しさ】
始まりは、人で言うとこの"寂しさ"だったんだと思う
自分は人とは違うから、人が持つ"カンジョウノキフク"と言うものは無いんだと思ってた
でも、何百年も1人で居るとやっぱりつまらない
子供を拐って一緒に遊んだ時期もあったな...なんて思い返す度に
ズンと心臓に大岩を乗せられたように気分が沈む
こんな状態は初めてだ
静かな森の奥の静かな夜に、1人じっとしていると
森がザワザワとして、それと同じように心臓のへんがザワザワとするのだ
急に暗い大穴に1人ぽっちで閉じ込められたような気がして
なんでも良いから、隣に灯火となるものを置いておきたくなる
「寂しい」
ふとそう声に出してみる
意外なことに、人が造り出したその言葉はストンと胸に落ち着いた
もう一度声に出した、寂しい
そうか自分は寂しいんだと、だんだんと理解した
もう一度声にだす
今度は身体に変化が起きた
「......?」
自分の両目から熱い水が溢れている、なんだこれと両腕で拭うが
次から次と、溢れてきて止まらない
混乱していたが、なんだかこれが正しい気がして
ポロポロと雫を流したまま、しばらくして拭うの諦めた
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「お兄ちゃん?どうしたの?」
手を繋いで一緒に歩く小さな少女に見上げられ、何でもないよとにっこり笑う
きょとんと首をかしげた後、「お兄ちゃんも食べる?」と手に持ってるクレープを差し出してきた
「お兄ちゃんはいいよ~、琴葉ちゃんが食べな」
優しくそれを押し返しながら、頭の隅で
この時間が永遠になれば良いのに、とふと思った
あの場所に戻ったら自分はまた1人だ
「あ!ねぇ、あれなに!」
「んん?なにかやってるのかな?行ってみる?」
「いくー!」
小さな手を握りながら、軽くスキップしている可愛らしい足取りを眺めて
今だけは忘れていたい、そう思った
【143,お題:冬は一緒に】
毎年の恒例だった
いつも冬の季節になると、親戚のお兄ちゃんがお家に来て
「琴葉ちゃん、今年はどこに行く?」って笑って誘ってくれる
私のお家は結構田舎の方にあるから
お兄ちゃんとお出掛けできる冬は大好きな季節だ
お父さんとお母さんは、お兄ちゃんのことがあんまり好きじゃないみたいだけど
別になにも言わないで「いってらっしゃい」とだけ言って送り出してくれる
何歳になっても、お兄ちゃんとお出掛けできるこの時期が一番楽しみ
「お兄ちゃん、まだかな~」
こたつに埋まり、みかんの皮を剥きながら鼻歌交じりに呟く
今年の冬は一緒にいっぱい遊ぶんだ~