無音

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12/22/2023, 1:15:06 PM

【147,お題:ゆずの香り】

冬の化身のような人だった。

新入社員なんて珍しい時期の12月に彼は現れた

香水を付けているのか、ゆずの香りがする好青年
フランス人だという母の影響で、金色がかった白髪の彼は
日差しに反射し、雪の結晶のようにきらめいて美しかった

「こんにちは、なにか分からない事があったらいつでも聞いて」

「......ありがとうございます」

ふっと、柔らかな新雪のように微笑んだ彼は
――その数週間後、唐突に姿を消した。

「皆、知っていると思うが......いや、...やっぱり気にしないでくれ」

「課長?」

「いい、気にするな。...本当に。......すまない、皆仕事に戻ってくれ」

どことなく歯切れ悪くそう言って、気まずそうに持ち場に戻っていく
不思議なことに、その次の日から彼について言及するものは居なくなった


「お疲れ様です、お先に上がります」

「は~いお疲れー」


冬の街を1人で歩く、空から舞い降りる白い粒に足を止めた

初雪かぁ、と呟いて空を見上げる
さっき買った缶のコーンスープで指先を温めながら、クリスマスはどう過ごそうかと思いを巡らせた

実家に帰るか...、妹はペットと一緒に行ける旅行に行くらしいが、私はこれといって予定はない

「...あ、ゆず...」

ふと見たお店のショーウィンドウ、ファッション系のお店だろうか?
ゆずの香りの香水が、照明にキラキラと反射している

「......」

彼の横顔がちらつく、香水の値段は30mlで5000円ほど
少し高いが......ちょっと早めのクリスマスプレゼントということにしよう

店内に入ると、クリスマスの飾りつけがところ狭しと並んでいる
香水を選んでレジに持っていく、その時

「...っ!」

思わずパッと振り返った、今のゆずの香り、彼が付けていたものと同じものだろう
視線の先には、今まさに店を出ようとしている人の姿

「ぁ...あのっ!すみません!」

ゆらり、その人物が振り返る

どうやら、私のクリスマスは少し早めに来たようだ。

12/21/2023, 1:11:15 PM

【146,お題:大空】

「俺、いつかパイロットになりたいんだ!」

「パイロットになって大空を飛び回りたい!」

「そしたら、ハルも一緒に乗せてやるからな!」


そう言ってた彼は、不慮の事故で下半身不随になった。


不慮の事故、それは操縦試験の最中だった
急な不具合を起こした試験用の航空機が墜落したのだ

不運なことに、それはパイロットになれる最終試験の時だった
ここさえ通過すれば資格が取れる、そんな中の事故だった

彼が長年追い続けた、強い憧れへの道を絶ち切ったのは
他の誰でもなく、彼が愛してやまない飛行機だったのだ


病室で見た彼の横顔はまるで別人のようだった
話しかけても反応しない、生きているのに死んでいる、全てを拒絶するような暗い表情
飛行機の話をした時だけ、ほんの少し悲しげに瞳が揺れるのが
私には酷く悲しかった。


「私、自家用操縦士のライセンス取るから」

「......、...!......」

そう言った時、初めて彼が顔を上げてくれた

「私も大空を飛んでみたいの、そして......」

一旦言葉を切る、彼にこの言葉を掛けていいのか迷いがあった
少し考えて息の塊をひとのみにして、言った

「そしたら...アンタも一緒に乗せてあげるから」

何で私はこんなに口下手なんだ、と密かに自身を呪いながら
不器用にでも笑ったつもりだ、彼は少し目を見開いて
もう一度瞼を閉じた、それから少し間を空けて

「......おう、...頑張れ...!」

へにゃりとそう笑って見せた。

12/20/2023, 1:46:52 PM

【145,お題:ベルの音】

「ただいまー」

トタトタとリズミカルな足音、リンリンと揺れる首の鈴音

「わふっ!」

ぴょんと飛び込んでくる、茶色と白のもふもふの毛

「ベルー!ただいまー!」

ぎゅーっと抱きしめて、わしゃわしゃとお腹を撫で回す
もふもふのお腹に顔を埋めると、さっきまで昼寝でもしてたのか
お日様のいい匂いがした

「ベルちゃんといい子してたー?」

「わう!わふっわふっ」

よーしよしよしと滅茶苦茶に撫で回し、ようやく玄関から奥にあがる
素早く手洗いを済ませて、こたつに滑り込みテレビを付ける

ベルはこたつが付いたと同時に中に入り込んでいる、お前は猫か

「温かいね~」

「わうふ!」

こたつの中をモゾモゾと動いて、ぴょこんと私の足の足元から顔を出すベル
そのもふもふをぎゅーっと抱きしめると、嬉しそうに目を細めた

「もうクリスマスシーズンだね~」

なんとなく付けたテレビのバラエティで、いろんな種類のクリスマスソングが流れている
ジングルベル、赤鼻のトナカイ、慌てん坊のサンタクロース......意外と分かるな私

リンゴンカンコンと近くの教会からベルの音がする
クリスマスだぁ~と誰にでもなく呟いてごろんと横になった

クリスマス1人、いわゆるクリぼっちだが私にはベルが居るもんね~

「くう?」

「んーベルかわいい~!」

わしゃわしゃと撫で回す、その手からスルリと抜けて部屋の隅に駆けていくベル
直後リード咥えて戻ってきた、その目は期待に輝いている

「あ~お散歩かぁ、外寒いんだよなぁ...」

「......(無言の圧力)」

「んんん行くかぁぁぁ」

「わううっ!」

リードを繋げて外に出る、クリスマスシーズンだからか
イルミネーションをしてる家が多くて、街がかなり賑やかに見える

「初雪ももうすぐかな~」

「わふ!」

ベルも居るし、今年はいい冬にしたいなぁ

12/19/2023, 2:03:51 PM

【144,お題:寂しさ】

始まりは、人で言うとこの"寂しさ"だったんだと思う

自分は人とは違うから、人が持つ"カンジョウノキフク"と言うものは無いんだと思ってた
でも、何百年も1人で居るとやっぱりつまらない

子供を拐って一緒に遊んだ時期もあったな...なんて思い返す度に
ズンと心臓に大岩を乗せられたように気分が沈む

こんな状態は初めてだ

静かな森の奥の静かな夜に、1人じっとしていると
森がザワザワとして、それと同じように心臓のへんがザワザワとするのだ
急に暗い大穴に1人ぽっちで閉じ込められたような気がして
なんでも良いから、隣に灯火となるものを置いておきたくなる

「寂しい」

ふとそう声に出してみる
意外なことに、人が造り出したその言葉はストンと胸に落ち着いた

もう一度声に出した、寂しい
そうか自分は寂しいんだと、だんだんと理解した

もう一度声にだす
今度は身体に変化が起きた

「......?」

自分の両目から熱い水が溢れている、なんだこれと両腕で拭うが
次から次と、溢れてきて止まらない

混乱していたが、なんだかこれが正しい気がして
ポロポロと雫を流したまま、しばらくして拭うの諦めた


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「お兄ちゃん?どうしたの?」

手を繋いで一緒に歩く小さな少女に見上げられ、何でもないよとにっこり笑う
きょとんと首をかしげた後、「お兄ちゃんも食べる?」と手に持ってるクレープを差し出してきた

「お兄ちゃんはいいよ~、琴葉ちゃんが食べな」

優しくそれを押し返しながら、頭の隅で
この時間が永遠になれば良いのに、とふと思った

あの場所に戻ったら自分はまた1人だ

「あ!ねぇ、あれなに!」

「んん?なにかやってるのかな?行ってみる?」

「いくー!」

小さな手を握りながら、軽くスキップしている可愛らしい足取りを眺めて

今だけは忘れていたい、そう思った

12/18/2023, 10:26:27 AM

【143,お題:冬は一緒に】

毎年の恒例だった
いつも冬の季節になると、親戚のお兄ちゃんがお家に来て
「琴葉ちゃん、今年はどこに行く?」って笑って誘ってくれる

私のお家は結構田舎の方にあるから
お兄ちゃんとお出掛けできる冬は大好きな季節だ

お父さんとお母さんは、お兄ちゃんのことがあんまり好きじゃないみたいだけど
別になにも言わないで「いってらっしゃい」とだけ言って送り出してくれる

何歳になっても、お兄ちゃんとお出掛けできるこの時期が一番楽しみ

「お兄ちゃん、まだかな~」

こたつに埋まり、みかんの皮を剥きながら鼻歌交じりに呟く

今年の冬は一緒にいっぱい遊ぶんだ~

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