【2,お題:澄んだ瞳】
その瞳は、きっと私よりも多くのものを見ているのだろう。
彼の瞳は幼い頃に見た大きな湖を思い出させた。
パッと見は青色だが、よく見るとうっすらと入る緑色とほんの少しの黄色
光の当たり具合で絶妙に色を変えるその瞳は、まるでこの世のものではないかのような神秘的な輝きを放っている。
「やあ、久しぶりだね」
窓の淵に優雅にたたずむ彼に私はゆっくり声をかけた。
「最近は顔を見ないから心配していたんだよ」
私達の会話はいつも一方的だ
「外の様子はどうだい?ここからじゃ見えないんだ」
そう声をかけたとき、ようやく彼が振り返った。
細くてしなやかな体つき、全身を覆う真っ黒な毛皮は日の光を受けて七色に輝く
無駄な肉がついていない端正な顔立ち、そのなかでも一際目立つ澄んだ瞳。
彼は“にぅうう”と低く鳴いて、私のベットの上へ飛び乗った
頭を擦り寄せてくる友を撫でながら、私はふとその背に桃色小さなの花びらが乗っていることに気づく
「そうか、もうそんな季節なのか」
友が贈り物を受け取ったことを確認すると、黒い猫は音もなくベットから降り
開け放たれた窓から外へと飛び出した。
いつからか、病で寝床から動けない友の変わりに季節を贈るのが小さな黒い猫の使命となっていた
ある夏は黄色い太陽の花びらを、ある冬は頭に冷たい氷の粒をのせて
“明日は何を贈ろう”
黒い小さな友達は、桃色の花びらが舞う坂をゆうゆうと駆けおりた。
【1,お題:嵐が来ようとも】
「たとえ、嵐が来ようとも。どんな困難が降りかかろうとも僕は貴方を守り、絶対に幸せにします。」
2ヶ月前、結構式でそう誓ってくれた彼は、たった昨日知らない子供を助けようとして車に跳ねられ亡くなった。
彼は正義感が強い人だった。困っている人をほっておけず、どんな相手でも無条件に手を貸してしまう人だった。
そのせいで、面倒ごとに巻き込まれても「相手だって人間だもん、仕方ないって」と、けろりと笑える人だった。
私とは違う。人を羨んでばっかりで変わろうともしない私とは
人に手を貸すどころか一目見るだけで「可哀想だな」なんて、思ってない偽善を吐く私とは
今だって子供を助けて亡くなった彼に、心のなかで「何で?」を続けている。
「何で先に死んじゃったの?」
「絶対に幸せにしてくれるんじゃなかったの?」
「何で私よりあの子供を優先したの?」
あぁ、私って最低な人間だ。あの子供はなにも悪くないのに嫉妬をするなんて
頭で分かってはいるのに、考えるのをやめられない「何で?」「どうして?」がへばり付いて離れない。
「もしあの子が居なかったら」
彼はまだ隣に居てくれてたのだろうか
「もしあの子が道路に飛び出したりしなければ」
彼は死なずにすんだのだろうか
何気なく開いたスマホで、何となく天気予報を検索した。
台風が接近してるようで、今夜は嵐になるようだ
「...最悪」
もう、嵐が来ても守ると誓ってくれた彼は居ない
絶対幸せにすると言ってくれた彼は居ない
どんよりと曇りだした空にため息一つ吐いて私は誰も待っていない家へと帰った。