寂しさ

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3/17/2024, 12:35:39 PM

ふと思い出す。

それはお風呂に入っている時、道を歩いている時、そして寝る直前。

小さい時のこと。

私は昔から泣き虫だったような気がする。

転んだ時、問題が解けなかった時、ババ抜きで負けた時、うんていで手の皮がむけてしまった時。

自分の意思とは反対に涙がとめどなく溢れてくる。

早く止めなきゃと思うほど頬に伝う水の量は多くなり、しばらく経てば鼻水も流れてくるのである。

そんな私に母は決まってこう言うのだった。


『泣かないよ』


私はその言葉が苦手だった。

背中をポンと叩かれてその言葉を言われる度、少しだけムカムカした気持ちになったことを覚えている。

こっちだって止められるものなら止めたい。

こんなに泣いた所で何にもならないのは自分がよくわかっている。

どうやったらこの溢れる涙を止められるものか示してほしいとすら思った。

すると、こちらの考えを見透かしたかのように母は続ける。

「止めるって気持ちがないから涙が止まらないんじゃない?痛くない、辛くないってずっと唱えれば自然と涙はひいていくもの。」

これを得意げに言うもので、私は幼いながら呆れていたような気がする。

でも幼い頃なんて親が全てだ。

私はその考えが正しいと思ったのか、それとも母の機嫌を損ねないために渋々従ったのか、次第に泣くことを我慢するようになった。

それでもやっぱり人間は泣かないなんてことはできない。

だから、どうしても耐えられない時は欠伸の振りで誤魔化したり、布団にくるまって声を押し殺していた時もあった。

今になってみるとあれは呪いの言葉のように感じる。

泣くという行為は、負の感情を綺麗さっぱり洗い流してくれるものだ。

自分が今日した失敗も、罪悪感も薄くしてくれる。

そうやって前を向いて明日を始められると考える。

私は今でも泣くことを我慢してしまう。

明日を始められずに、今日に取り残されたままの日が多かった。

泣かないよ。

その言葉がダムになって、頭のぐるぐるが堰き止められている。

そして、そのぐるぐるが大きな波になっていき、私に打ち付けられる。

内側から私を攻撃する。

もう無理です。嫌です。やめてください。自分はこんなこと考えたいわけじゃない。これは私のミスじゃない、あいつが悪い。駄目だよなんで自分の失敗を相手に押し付けるの。駄目人間だ。存在してはいけない。もう駄目だ。


泣かないよ。


私はいつかも分からない今日に取り残されたまま。

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泣かないよ

2/19/2024, 7:54:34 PM

枯葉を踏む。

ザクザクとした音が心地よくて、今度は右前の葉へと踏み出す。

が、まだ瑞々しいそれは音をたてることはなく靴の裏に張り付いた。

柄じゃないな。こんなことをするなんて。

いつだって僕は彼女の後ろで、彼女のはしゃぐ姿を見ていた。

僕には下らないものでしかなかった。でも。

ただ葉を踏みつけるだけであるのに、そのひとつひとつに喜びを見出す彼女が愛おしかった。

彼女の瞳を通して、世界を見てみたいと思った。

彼女の瞳には僕はどう映っているのだろうか。

少しの幸せ。

それを胸にじんわりと感じながら、次のこの季節に想いを馳せた。




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枯葉

12/14/2023, 4:52:38 PM

クリスマス。
駅前にはキャッキャウフフな空気を纏ったリア充達が蔓延っている。
10月後半からそこかしこに飾られたイルミネーションにはもう見飽きた頃だ。
当然私もこの後恋人と......などという予定があるわけでもなく、1人寂しく教習所へと向かう。
高3のこの時期。周りより一足早く進路が決まった私は、親の勧めで車の免許を取るべく自動車学校へ入校したのだった。
数少ない友人は、入試に向けて勉強を進めているので去年のように悲しいながらも楽しいクリスマスは過ごせそうもない。
同じように進路が決まった友人も、この日までにお相手を作ったみたいだった。今頃どこかの人混みでハートを振りまきながらケーキを買っているところを想像すると、中々にしんどくなってきたので考えるのはやめにした。

今日の教習は散々であった。
車に乗って早々に、一度ばちばちに戦ったことのある教官であることに気づいた。
なんだか、全ての負のエネルギーが私の元へ集まっているような気がした。
カーブは曲がりすぎて何度も縁石に乗り上げるし、アクセルを踏みすぎて教官に強めに怒られるし。

教習所のイルミネーションは私を煽っているのか慰めているのか。1人寂しく輝くイルミネーションはなんだか今の私と同じように思えてより悲しくなってきた。

...........来年こそは誰か相手ができますように。
私はそう願い、いつもは買わないような甘めのミルクティーを買って意味のないモテを意識してみたのだった。

12/2/2023, 2:29:37 PM

私はなんだかんだで不幸が好きなんだろう。

昔からよく情緒が不安定で、泣きながら太ももを叩いたり呻き声をあげて髪をぐしゃぐしゃにするのが日常であった。

布団から全く動くことができない日もあり、1日を自己嫌悪の涙で過ごした。

そんな日常から逃げたくて逃げたくて。

現実と向き合えば、当たり前に自分よりも優れた人がいて。

努力家を見て自分の怠惰を恨み、善人を見ては自分の愚かさが許せなくなった。

インターネットには自分と似た境遇の人が沢山いて。

どっぷりと浸かったら、外には出られなくなった。

もちろん流れてくるのはマイナスな話題ばかりだ。

だがその中にも、今日のテストがよかった、友人とのカラオケが楽しかった等のプラスな話題も少しだけ流れる。

外から見れば嬉しい話題だ。でもこういったものは反応をもらいにくい。

当たり前だ。私含めその界隈は不幸と付き合っている人が多いからだ。いつでも隣の芝は青い。

プラスを排除してマイナスのみを残す。それが私が所属している小さな小さな世界。

傷の舐め合い。

そんな私にも安定した時期が来た。

自己嫌悪に蝕まれる機会がかなり少なくなった。

安心できた。

安心できたはずだった。

でもそれは私の人生じゃなかった。

常に不安と生活を共にしてきた私にとって、隣人が居なくなることが一種の不安になったのだろう。

心に空いた穴、そこに素材の違う何かを無理やり押し込んだような。

そんな無を感じた。

あんなに求めていた幸せ。

人が嬉しい何かを発信する度に恨んでいた幸せ。

自分には訪れることなどないのだと思っていた幸せ。

手を伸ばせば掴める位置に今、私はいるのだろうか。

それとも今いる場所はまだまだ不幸の延長線上で、自分がそう感じているだけであって、本当の普通とは違うのか。それはまだ分からない。

きっと私は一生幸せになれない。

私の幸せは不幸と共にあることだと気づいてしまった。

今日も光と闇の狭間で私は息をしている。

10/1/2023, 6:54:50 PM

僕たちはいつも3人だった。
しっかり者の桜とおっとりした菜花、そしてこれと言ってなんの特徴もない僕。
桜と菜花は双子で、その間に僕がいたものだからよくからかわれたなと今になって思う。

小学生の時はいつも一緒に帰っていた。調子に乗ってふざける僕に、桜が叱る。その横で、ふふっと花が咲いたように笑う菜花。

中学に入ってからは男女の距離感が掴めなくなって3人で帰る事は減り、僕と菜花で帰ることが多くなった。菜花は花が大好きで帰りにはよくその話をしてくれた。僕はとても楽しそうに話す菜花の左顔に惹かれていた。彼女はそれを知っていたのだろうか。

僕たち3人は同じ高校に進学した。
桜は生徒会に、菜花は華道部に入ったようだった。
僕は帰宅部と決め込んでいたのだが、桜に「やる事ないなら私と生徒会でもどう?」と強引に誘われ、見事生徒会書記になってしまった。
当然3人の下校時間は合うはずもなく、3人一緒という時間はほぼなくなってしまった。
菜花は部活で忙しく、中学の頃とは逆に桜と帰ることが多くなった。
僕の趣味や今日の出来事を話すと、優しい笑顔で相槌を打つ右顔に惹かれていた。彼女はそれを知っていたのだろうか。

そんなある日、僕は菜花に空き教室へ呼び出された。
生徒会の仕事はなかったので菜花の部活が終わるまで待っていたら窓からはとても綺麗な夕日が見られた。
「ごめんね、遅くなっちゃって。」
とドアを開けながら菜花は言う。
「いいよ、全然。コンクール近いんだろ?」
と僕は言う。
菜花は窓側の自分の席に座って荷物を置くと、僕に向き合った。そして大きく深呼吸をすると
「こんないきなりでごめんなさい。小学生の頃から大好きでした。わたしと付き合ってください。」
僕は頭の中が一瞬真っ白になった。何も考えられなかった。とても混乱している。
僕が返事に困っているのを見て、菜花は返事はいつしてくれてもいいよ。と言ってくれた。
再び彼女の方を向くと、彼女の表情は逆光で全く見ることができなかった。

翌日、生徒会の仕事をしながら昨日の事を考えているといつのまにか最終下校時刻になっていた。
のっそり歩いていたら桜に置いていかれそうになったので急いで靴を履いて昇降口を出た。
そうだ。いっそのこと菜花のことを桜に相談してみようか。彼女はいつもこういう時に的確なアドバイスをくれる。彼女のアドバイスで失敗したことはないのだ。
と思い、桜に話そうとした瞬間だった。
「あんたさ、好きな人いるの?」
ぎくりとした。あの桜が急にそんなこと言うものだから。もしかして昨日の事をすでに菜花から聞いたのだろうか。
いやいないけど。と返すと、少し安心したような声色でそっかとつぶやいた。
「驚かないで聞いて欲しい。私あんたのことが好き。返事はいつでもいいから。私、待ってるから。」
彼女はそう言うと、じゃ、と言って走って帰っていってしまった。
夕日の逆光で彼女の顔は見れなかった。

僕はどうすればいいのかわからなかった。
楽しそうに話す菜花の左側も、優しい顔で相槌を打つ桜の右顔もどちらも好きだったからだ。
こんな事最低だなと思っても答えなんていくら待っても出なかった。
情け無いことに、僕はこのあと熱を出して1週間学校を休むことになってしまった。

そんな時に事件は起きた。
菜花が下校中に何者かに刺されて亡くなってしまったと言うのだ。
僕は信じられなかった。あの菜花が。楽しそうに花の話をして明るくておっとりしていたあの菜花が。
どうしてもっと一緒にいてあげられなかったのだろう。どうしてもっと一緒に帰らなかったのだろう。
後悔しても遅い事はわかっていた。
後悔してもあの花のような笑顔が戻る事はない事はわかっていた。

菜花の葬式が終わった。
桜の目は腫れ上がって真っ赤だった。僕も人のことは言えないが。
桜は僕を気遣って、外に散歩でもしに行こうかと誘ってくれた。その日も綺麗な夕日が出ていて眩しいくらいだった。
「あんたさ、菜花に告白されてたんだって?」
桜はぽつりと呟く。どうして彼女がそのことを知っていたのだろう。
すると僕の心を読んだかのように、桜は
「......菜花の日記に書いてあったんだよ。あんた、なんで返事してあげなかったの?あんたにokされてたら、菜花はきっと、きっと...幸せのままいなくなれたのに。」
桜は僕にしがみつく。あのしっかりもので強気な桜が僕の胸でわんわん泣いている。僕は咄嗟に、
「桜が、好きだったからだ。」と口走った。
最低な人間だ。僕は自分をそう評価した。
桜は目を丸くして僕を見上げる。なぜだろう。夕日に照らされた彼女はいつもより何倍も可愛く見える。
彼女の顔がみるみる赤くなり、僕から少しだけ離れた。
そのあと花のように笑って
「わたしも、大好き」と答えた。
僕は桜を抱きしめたくなったが、彼女は少し先を歩き始めた。逆光が眩しい。

僕はひとつの違和感に気づいた。
彼女は、桜は、花のように笑わない。いつも優しい相槌を打ってくれた桜ではないように感じた。
心にヒヤリとしたものを感じながら、前を歩く彼女にこう尋ねた。
「.............お前、誰だ?」
前を歩く彼女はこちらを振り返る。
「さあ?」
彼女の表情は逆光で見ることができなかった。



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お題 たそがれ


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