寂しさ

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ふと思い出す。

それはお風呂に入っている時、道を歩いている時、そして寝る直前。

小さい時のこと。

私は昔から泣き虫だったような気がする。

転んだ時、問題が解けなかった時、ババ抜きで負けた時、うんていで手の皮がむけてしまった時。

自分の意思とは反対に涙がとめどなく溢れてくる。

早く止めなきゃと思うほど頬に伝う水の量は多くなり、しばらく経てば鼻水も流れてくるのである。

そんな私に母は決まってこう言うのだった。


『泣かないよ』


私はその言葉が苦手だった。

背中をポンと叩かれてその言葉を言われる度、少しだけムカムカした気持ちになったことを覚えている。

こっちだって止められるものなら止めたい。

こんなに泣いた所で何にもならないのは自分がよくわかっている。

どうやったらこの溢れる涙を止められるものか示してほしいとすら思った。

すると、こちらの考えを見透かしたかのように母は続ける。

「止めるって気持ちがないから涙が止まらないんじゃない?痛くない、辛くないってずっと唱えれば自然と涙はひいていくもの。」

これを得意げに言うもので、私は幼いながら呆れていたような気がする。

でも幼い頃なんて親が全てだ。

私はその考えが正しいと思ったのか、それとも母の機嫌を損ねないために渋々従ったのか、次第に泣くことを我慢するようになった。

それでもやっぱり人間は泣かないなんてことはできない。

だから、どうしても耐えられない時は欠伸の振りで誤魔化したり、布団にくるまって声を押し殺していた時もあった。

今になってみるとあれは呪いの言葉のように感じる。

泣くという行為は、負の感情を綺麗さっぱり洗い流してくれるものだ。

自分が今日した失敗も、罪悪感も薄くしてくれる。

そうやって前を向いて明日を始められると考える。

私は今でも泣くことを我慢してしまう。

明日を始められずに、今日に取り残されたままの日が多かった。

泣かないよ。

その言葉がダムになって、頭のぐるぐるが堰き止められている。

そして、そのぐるぐるが大きな波になっていき、私に打ち付けられる。

内側から私を攻撃する。

もう無理です。嫌です。やめてください。自分はこんなこと考えたいわけじゃない。これは私のミスじゃない、あいつが悪い。駄目だよなんで自分の失敗を相手に押し付けるの。駄目人間だ。存在してはいけない。もう駄目だ。


泣かないよ。


私はいつかも分からない今日に取り残されたまま。

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泣かないよ

3/17/2024, 12:35:39 PM