『たとえ間違いだったとしても』
「あ゙ぁぁ……違う……違うぅ……すぅう……ふぅぅ」
六畳一間の一室、暗がりの中で頭を抱えてかがみ込んでいる男が呻く。
天井にぶら下がった白熱電球が、隙間風に揺られる度に男の影がチラチラとたなびいた。
「違うんだぁぁ……違うぅぅ……!!
どうしてぇ……?
なんでぇぇ……??」
『分からない、分からない』とブツブツ呟きながら、男は床に頭を打ち付け始めた。
ガスッ……ガスッ……ガスッ……ガスッ
鈍い音が連続する。
ガスッ……ガスッ……ガスッ……ガスッ…………
動きが止まって数瞬……男は急に頭を上げると鮮明な声音で、かつ流暢に話し始めた。
「レディース&ジェントルメン!!
皆様大変長らくお待たせ致しました、答え合わせのお時間で御座います!
それでは早速参りましょう……!」
両手を高く挙げ、満面の笑みを携えた男は高らかな声で宣言する。
「……とはいえ、実際のところ皆さん既にお分かりなんでしょう?
本当は分かっているくせに誰も口には出そうとしないんです!
……そうですよねぇ??
心の中の隅の隅、そんな辺鄙な場所まで追いやって……気付かないふりがお上手ですね!
いや〜、素晴らしいっ!!」
口早にそれだけ言った男は、再び頭を床へと打ち付け始める。
ガスッ
打ち付ける。
ガスッ……ガスッ
打ち付ける。
ガスッ……ガスッ……ガキョッ…………
あぁ、これはぁ……たぶん折れたな。
『もしも未来を見れるなら』
「どうして○○君はずっと目を閉じてるの?」
時計と観葉植物が飾られている白い部屋で、カウンセラーの女性と目を閉じた男の子が向かい合って椅子に座り、話をしている。
開かれた窓からは心地の良い風と陽の光が入ってきており、落ち着いたアロマの香りが心を落ち着かせた。
「……僕、未来が見えるんだ。
それで……その、だから目を開けるのが嫌で……」
「……なるほど、○○君は未来が見えるのが嫌で目を閉じてるんだね。
でもどうして未来が見えるのが嫌なのかな?」
「…………」
「……言いずらかったら無理をしなくても大丈夫だよ!
私達は今日初めて知り合ったんだから、まだお互いの事もよく分からないもんね」
「……ううん、先生が良い人だっていうのは分かるよ。
僕の周りの人達はみんな僕のことを心配してくれる良い人達なんだ。先生もみんなと似てるから……」
「そっか……ありがとうね!」
「うん!
……でもだからこそ目を開けられないや」
「それがどうしてかは教えられない……?」
「…………消えちゃうんだ」
「消えちゃう?」
「……うん。
僕が未来を見ちゃうとね、僕の周りの誰かや何かが消えちゃうんだ。
この前に未来を見ちゃった時は、僕の好きだったおばあちゃんが消えちゃった。僕の隣に居た筈なのに、僕が未来を見た瞬間に居なくなっちゃった。
だからお母さんにおばあちゃんは何処か聞いたら、僕が産まれる前に死んだ事になってたんだ……」
「……そっか、それはとても悲しいね」
「信じてはくれないでしょ……?」
「そんなこと無いよ!
先生は○○君の言うこと信じるよ」
「ありがとう。……でもいいんだ。
おばあちゃんもそうやって言ってくれたけど、結局消えちゃったから。
『たとえ未来が見えたとしても、おばあちゃんは絶対に消えないよ。だから目を開けてごらん』
……そう言って僕に……嘘をついたんだ……ッ!」
「それは……きっとおばあちゃんも○○君の事が心配で──「そんな事は分かってるよッッ!!」」
「そんな事は……分かってるんだ……っ!
だからね……だから、だから僕はもう二度と目を開けないって決めたんだ。
これ以上……みんなに消えて欲しくないから」
時計と観葉植物が飾られている白い部屋で、カウンセラーの女性と目を閉じた男の子が向かい合って椅子に座り、話をしている。
開かれた窓からは湿って重たい夏風が入ってきており、土の匂いが混ざったアロマの香りが心をざわつかせた。
『神様へ』
疲れた
もう……疲れたんだ
どうして何時もこうなるんだ
何故だ?
思えば僕の人生は後悔の連続だった
あの時こうしていれば
この時ああしていれば
いったい何度そう考えたことか
自分でも本当は気付いているんだ
その後悔が自分の怠惰と傲慢さによってもたらされたものなんだって
……自業自得なんだって
"どうしてこうなった"じゃない
自分で勝手に"こう"したんだ
『何故だ?』……我ながらとんだ愚問だった
どの後悔も僕が選んだことなのに
「あぁ、神様お願いします!
あなたが本当にいるというのなら、次の朝目覚めた時に僕を過去に戻してください。
僕にもう一度だけ、チャンスをください……っ!」
そうして泣きながら眠りについた男が……目覚めることは二度と無かった。
『快晴』 125
カーテンの隙間から射し込む春の陽気に誘われて、散歩へと出掛けることにした
小鳥が鳴き、花が咲き、蝶が舞う
まさしく春を感じられる散歩道を歩いて行く
歩く度に心地よい風が髪を撫でた
少しの眩しさを感じながら空を見上げてみれば、そこには雲一つない青空があった
「……今日は快晴か」
見惚れるほどに真っ青な空
そんな空へと手をのばす
春の快晴が優しくその手を包んでくれた
『快晴』 陽キャVer.
カーテンの隙間から覗き込む春の陽キャに誘われて、散歩へと出掛けることにした
空を見上げたらデデーンッ!!
めちゃくちゃ青いの!
青色しかなくてマジヤバって感じ!
雲一つないんだよ!
ヤバくない?!
普通こんなことってある??
いやマジで!
満員電車の中で急な腹痛に襲われた人の顔色ぐらい真っ青なんだって!!
……マジやばいっしょ?!
※初めに陽気を陽キャと打ち間違えたのが面白かったので、ついでに書きました!
……春の陽キャとはなんぞや?
『言葉にできない』
懐かしい夢をみた
朝6時30分、台所からの母の声に起こされる
寝ぼけ眼の私は、緩慢とした足取りで洗面台へと歩いて行く
冷っこい水で顔を洗えば、それが気付けとなっ
て意識がハッキリとした
そのまま歯を磨いたら台所へと向かう
歩く度に少しギシギシと軋む廊下を、美味しそうな匂いに釣られるようにフラフラと進んだ
台所の扉を開ければテーブルには既に朝食が用意されていて、母が私を見ながら『おはよう』と笑う
私も何だか嬉しくて、笑いながら『おはよう!』と返して席に着く
毎朝交わす『おはよう』の挨拶が、私は何故か大好きだった
1回言っただけじゃもの足りなくて、意味も無く2回3回と『おはよう!』『おはよう!』と繰り返す
その度に母も優しく『おはよう』と返してくれたんだ
そうして『おはよう』に満足した私は、目の前の朝食に意識を戻す
卵焼きにウインナー、大根のお味噌汁に焼き鮭の切り身、そして少しの漬物とご飯が並んでいた
焼き鮭の切り身は何時も母と半分こにして食べていた
母と二人、手を合わせて『いただきます!』
食べ終わった私が『ご馳走様でした!』と言ったら、母は決まって『お粗末さまでした』と返してくる
だから何時も私は『全然お粗末なんかじゃないよ!』なんて笑いながらまた言葉を返したんだ
懐かしい夢をみた
込み上げてきたものが何なのかは分からなかったが、最後に残った感情が自分に対しての怒りである事だけは確かだった
だから私は力一杯に……自分の頬を殴ってやったんだ