『鏡の中の自分』
──カタカタカタ
『チー牛がwww顔真っ赤にしてマジレスwww乙www』
そう最後に書き込みパソコンの画面から目を離す。
今日も十分に楽しめたし、この辺で良いだろう。
尿意をもよおしたのでトイレへと向かう。
俺の趣味はネットで誰かを煽る事だ。
適当に相手の気を逆撫でる事を書き込めば、必死になって食い付いてくる雑魚は一定数いる。
誰かを苛立たせている臨場感。
誰かの感情を自分が握っている優越感。
誰かが大切にしている矜恃を踏みにじる高揚感。
……あぁ、なんて楽しいんだろう!
ネットの中の"俺"はリアルの俺とは違う。
誰かの上に立つ事が出来るのだ!
──ジャーー
用を足し終え洗面所で手を洗う途中、視線を感じて前を見る。
……手を洗う自分の姿が見える。
当たり前だ、そこには鏡があるのだから。
──キュッ
蛇口を捻り部屋に戻ろうとした所で、どうにも違和感を感じ足が止まる。
少しの間を空けて……気付く。
手を洗う途中、俺は手元を見ていた筈だ。
それなのに鏡の方から視線を感じるのはおかしいだろう。
そう思って鏡を見れば、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら此方を見ている"俺"がいた。
"俺"が言う。
『リアルのお前はこんなにも醜いのになwww』
「……うるさい」
『ネットでイキる事しか出来ないチー牛www』
「……うるさいっ!」
『外見も中身も醜い弱者wwwそれがリアルのお前だろう?wwwwww』
「……っ黙れぇっつ!!」
──バリィンッッ
気が付くと"俺"は何処にも居ない。
残された鏡には……鮮血に染められ粉々になった、誰かの顔だけが写っていた。
『眠りにつく前に』
……死ぬことを『眠る』と表現することは多いだろう。
ならば生きていることを、『起きている』と表現しても良いのだろうか?
……何もせずにただ起きているだけの時間は無駄だろう。
ならば何も成せずに、ただ生きているだけの人生は無駄だろうか?
…………何故だかとても……眠たくなってきた。
『永遠に』
上を見る
自分よりも優れた人間達がいる
「あいつらは運が良い」
下を見る
自分よりも劣った人間達がいる
「あいつらは努力が足りない」
自分を見る
誰よりも報われない人間がいる
「自分は努力をしているのに運が悪い」
それはまるで合わせ鏡のように
何処までも何処までも続いていく
『理想郷』
ここは理想郷
何もかもが健全で、全てが平等な世界
ここに醜さは無い
ここに美しさは無い
ここに否定は無い
ここに肯定は無い
ここに不幸は無い
ここに幸せは無い
……ここに人間は居ない
残されていた古いビデオテープを再生する
ボサボサの髪をして、やつれた何かが映った
『……俺はずっと此処にいたぞ』
ボロボロのTシャツにヨレヨレのジーンズ
『俺はずっっと此処にいたんだぞっ!!』
血走った目でこちらを睨み
『こごにぃっ!!ずっどいだんだぁっっ!!』
握りしめた拳からは血が流れ
『……おれ……はぁ、ここにぃっ!!』
口からは砕かれた歯がこぼれ落ちる
『っうわぁあああっっ!わぁああっっ!!ぁああああっっ!!!────』
何かの叫喚だけがそこにあった
『懐かしく思うこと』
テレビを付ける
ファミコンを付ける
ゲームはドラゴンクエスト
コントローラーで操作する
テレビの中の自分が動く
セーブをする
ファミコンを切る
テレビを切る
寝て
起きて
また繰り返す
冒険の書があるかぎり
それは変わらず
懐かしく思うこともない