あかみ

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5/15/2023, 12:41:26 AM


風にふわり、と、なびく
桜の花びら、新緑の木々、少し窓を開けたカーテン
風鈴、金色の落ち葉
風をまとうと途端に目を惹かれるものたち
そういうものたちの中で一番好きなのは髪かもしれない
ショートや肩にかかるくらいのミディアムヘアがぴょんぴょんと舞うのも頬が緩むけど
とりわけ長めの前髪や、背中まであるロングヘア
ストレートでもゆるやかに巻かれたものでも
風とともにふうわりふくらみ、柔らかく揺れる様は本当に心奪われる

一年とちょっと前、好きな人がいた
風のような人だった
初めは突風、戸惑うまま吹かれていると徐々に春のそよ風に変わった
心地よさを覚えた頃には木枯らしとなり、あっけなく過ぎ去った

私は腰まで届くロングヘアをバッサリと切った
私は、風に揺れる柔らかな自分の髪がとても好きだった
短くなった髪は硬くなりごわごわしていた
もう風になびかせたくなかった
なびきたくなかった


春から初夏へ季節はゆるやかに移り変わる
前髪も横髪も目や耳を隠すくらい、襟足も肩につく長さ
少しずつ風とふわふわ遊ぶようになってきた
髪を揺らすこの風は私から生まれている
足元から、耳の後ろあたりから、あるいは体の真ん中から
上昇気流のように吹き、ひゅうひゅうと私を包む
小さくしゃがみこんでしまう時、風は手を引いてくれる
こっちよ、と風向きをかえて私を導く
ねぇどこ連れてく気?と訪ねても、どこだろうねぇ、とふうわりしてる
風の気ままさに肩すくめ、まぁ行ってみるか、と歩き出す
でも、このまま身をまかせても大丈夫だろうという妙な信頼も感じている
確かな形をもたないものをこんなに強く信じているのは不思議なんだけど
自分から生まれてるからなのか、風が心地よいからなのか
あ、でも辛いのはもう嫌よ?楽しいほうへ連れてってね?
風は少し伸びた髪をふうわり、柔らかく揺らした
それに満足した私、大きく両手を広げ伸びをする
おっけ、行こっか
鼻歌まじりに歩き出す

5/13/2023, 10:27:38 PM


休みの朝は雨が好ましい
今日はおでかけにも洗濯にも向いてないよ
模範的かつ活動的な休日は諦めな、と
雨音は怠惰を許してくれる気がしてならない
屋根や窓を打つ雨音を聞きながら貪る早朝のまどろみは幸せこの上ない
柔らかな布団の感触、毛布やタオルケットの手触り
布に包まれる幸せも同時に味わえる至福の時
そんな至福も頭が覚醒してくると少々飽きがきてしまう
そうなるともそもそと起き上がり、動き出す
お湯を沸かしつつ台所に座る、文字通り、台所の床にぺたりと座る
本来座るところではない場所に座るのが好きなのだ
視座が変わる気がするのか、単に地面に近いほうが安心するからなのか自分でも分からない
ひんやりとした床を感じながら何かを考えたり、思い出したりする
溜まったやるべき事、さっき見た夢
昨日の出来事や昔の思い出
ぼんやりと、お湯が沸いたことも気がつかないくらい意識が飛んでたりもある
お湯もだいたいは飲むが、飲まないこともある
ただ沸かしただけでそのまま忘れてることもしばしば
それでも別に構わない、今は私の時間なのだから


以前の私は、完全に私を失っていた
周囲に振り回され、環境に選択肢を奪われ、自分を置き去りにしてひたすら走っていた
その結果、何が好きで、何が嫌なのか
怒ってるのかも泣きたいのかも分からなくなつた
いつも傷ついていたし、いつも悲しかった
嬉しいことや楽しいことはほんの一瞬で
その瞬間が過ぎてしまえば虚無感や罪悪感に襲われていた


今、私は私を取り戻す真っ最中
かつて好きだったことを思い出しながら、新しい好きを発見する
散らばったトランプを集め、均し、とんとんと優しくひとつにまとめる
私という人間を思い出し、自覚し、再認識する
外で戦う私、まじお疲れー!と労る
おうち時間は私が私であるための必要不可欠な時間



そうそう
わたくし、ちょうどおやすみでしてね、えぇえぇ
三連休様ですのよ
三連休!なんて力強い響きなのかしら
何しようかなー、何でもできるなぁ
無敵な気分になっちゃうぜ
我、全知全能の神、三連休様なり
推しの顔面に癒やされ、大音量で好きな音楽を流し歌い
本を読みながらストレッチしつつも、好物のチョコレートを躊躇なく喰らうもの
苦しゅうない、そなたらも存分に休みを満喫せよ

5/13/2023, 3:49:25 AM

仕事帰り、買い物を終え品物をエコバックに詰めていた
疲れたな…帰ったら洗濯して夕飯作って…夕飯何作ろ…
などと考えていると視界の端、床を黒っぽい何かか動いた
反射的に目をやるとそこにはつるつるの床を一生懸命動く虫
ゴキブリにしては細みだし、コウロギにしては長い
おぉ、おけらだ
春だなー
いやまてそんなことじゃなくここはドラックストア
このままじゃこの子踏み潰されちゃうじゃん
そもそも什器の下にでも入ったら終わりじゃん
あーそういや去年もコンビニでおけら見つけたな
久しぶり過ぎて触るの躊躇してたらアイスコーナーの下に逃げられちゃったんだよなぁ
あの時なぜか助けられなかったこと酷く落ち込んだんだよな
今でもそのアイスコーナーの前を通ると、暗い埃だらけの床の奥で現実には見たこともない乾いたおけらの姿が浮かぶくらいに

品物を詰めながら床のおけらをちらちら見る様は紛れもなく不審者
んー結構周り人おるな…けど去年の助けられなかったあのおけらの生まれかわりかもしれんし…
いや、絶対違うだろと思うもう一人の自分も品物を詰めている
詰め終わるとサッカー台にあるペラペラのビニール袋を一枚引きちぎり、そのまま流れるようにまるで自分の落とし物を拾うかのような所作でおけらを捕獲
高速で店内を後にする、不審者過ぎる
いやいや大丈夫、誰も見てないしお前自意識の塊かよ
自分につっこみを入れながら捕獲したおけらを見る
半透明の袋の中で必死にショベル型の前脚を動かしてる
弱ってはなさそう、良かった

ドラックストアの駐車場を見渡してみても土のある場所はない
当たり前だがすべてアスファルトで舗装されている
途中の公園にでも…いやこのショベルで掘れそうな土あったっけな?花壇とかなかったかも…
んー仕方ない、持って帰って家の前の畑に逃がすか
どうせなら柔らかい土のほうがおけらもきっと安心だろう
エコバックに一緒に入れるとシャンプーの詰め替えとかで潰れるかもしれない
せっかく助けた命を自ら終わらせてしまうことだけは避けたい
そんなもん後味悪すぎるに決まってる
ビニール袋を片手で握りしめながら自転車を漕ぎだした
子供の頃はこんな風に生き物捕まえては家に持ち帰ってたなぁ
その辺に落ちてたペットボトルにおたまじゃくし入れて帰ったり…懐かしい
あ、逃がす前に息子に見せよう
昔は私と一緒で虫好きだったけど今はひたすらゲームだもんなぁ
おけらはレアやろ、驚いて感動しちゃうかも、ふふふ
意気揚々と帰ってただいまを言うなり息子に
見てー!おけら捕まえた!
ゲームの手を止めて出迎えてくれた息子は眉毛を少し上げ
あ、へー、ほんとだ、初めて見た
みみずだーって♪おけらだーって♪のおけらだよ!
あー、なんかあったねそんな歌
初対面はなんともあっさりしたものだった
本人いわく、顔に出ないだけで驚いたし感動もしたらしい

もうちょい観察する?との母の提案に、もう見たしいいかなとサラリと断る息子とともに外へ出た
五月初めの夕方はまだ涼しくて、薄い明るさでどこか寂しかった
ビニール袋のおけらを土の上に出してみる
おけらは慌てた様子だったが周りが土だと分かると、ショベルを巧みに動かし見る間に土に潜っていった
そのあまりの速さに二人とも、おぉ〜と感嘆の声をもらす
姿が見えなくなったが、地中のおけらの動きに合わせて表面の土が波打つ
子供のままの私と、子供なのに大人な息子に見守られ
小さな命は拍動していた
息子と二人、土が動かなくなるまで見送った
静かでいい時間だった

さて、夕飯でも作りますか、何か食べたいのある?
いや〜、特にない
君はいつもそうだよねぇ、などと交わしながら家に戻る
突然舞い降りた、正確には地べたを這いずってた出会いと静かな別れを終えて
ゆっくりと、それぞれの日常へ戻っていった