仕事帰り、買い物を終え品物をエコバックに詰めていた
疲れたな…帰ったら洗濯して夕飯作って…夕飯何作ろ…
などと考えていると視界の端、床を黒っぽい何かか動いた
反射的に目をやるとそこにはつるつるの床を一生懸命動く虫
ゴキブリにしては細みだし、コウロギにしては長い
おぉ、おけらだ
春だなー
いやまてそんなことじゃなくここはドラックストア
このままじゃこの子踏み潰されちゃうじゃん
そもそも什器の下にでも入ったら終わりじゃん
あーそういや去年もコンビニでおけら見つけたな
久しぶり過ぎて触るの躊躇してたらアイスコーナーの下に逃げられちゃったんだよなぁ
あの時なぜか助けられなかったこと酷く落ち込んだんだよな
今でもそのアイスコーナーの前を通ると、暗い埃だらけの床の奥で現実には見たこともない乾いたおけらの姿が浮かぶくらいに
品物を詰めながら床のおけらをちらちら見る様は紛れもなく不審者
んー結構周り人おるな…けど去年の助けられなかったあのおけらの生まれかわりかもしれんし…
いや、絶対違うだろと思うもう一人の自分も品物を詰めている
詰め終わるとサッカー台にあるペラペラのビニール袋を一枚引きちぎり、そのまま流れるようにまるで自分の落とし物を拾うかのような所作でおけらを捕獲
高速で店内を後にする、不審者過ぎる
いやいや大丈夫、誰も見てないしお前自意識の塊かよ
自分につっこみを入れながら捕獲したおけらを見る
半透明の袋の中で必死にショベル型の前脚を動かしてる
弱ってはなさそう、良かった
ドラックストアの駐車場を見渡してみても土のある場所はない
当たり前だがすべてアスファルトで舗装されている
途中の公園にでも…いやこのショベルで掘れそうな土あったっけな?花壇とかなかったかも…
んー仕方ない、持って帰って家の前の畑に逃がすか
どうせなら柔らかい土のほうがおけらもきっと安心だろう
エコバックに一緒に入れるとシャンプーの詰め替えとかで潰れるかもしれない
せっかく助けた命を自ら終わらせてしまうことだけは避けたい
そんなもん後味悪すぎるに決まってる
ビニール袋を片手で握りしめながら自転車を漕ぎだした
子供の頃はこんな風に生き物捕まえては家に持ち帰ってたなぁ
その辺に落ちてたペットボトルにおたまじゃくし入れて帰ったり…懐かしい
あ、逃がす前に息子に見せよう
昔は私と一緒で虫好きだったけど今はひたすらゲームだもんなぁ
おけらはレアやろ、驚いて感動しちゃうかも、ふふふ
意気揚々と帰ってただいまを言うなり息子に
見てー!おけら捕まえた!
ゲームの手を止めて出迎えてくれた息子は眉毛を少し上げ
あ、へー、ほんとだ、初めて見た
みみずだーって♪おけらだーって♪のおけらだよ!
あー、なんかあったねそんな歌
初対面はなんともあっさりしたものだった
本人いわく、顔に出ないだけで驚いたし感動もしたらしい
もうちょい観察する?との母の提案に、もう見たしいいかなとサラリと断る息子とともに外へ出た
五月初めの夕方はまだ涼しくて、薄い明るさでどこか寂しかった
ビニール袋のおけらを土の上に出してみる
おけらは慌てた様子だったが周りが土だと分かると、ショベルを巧みに動かし見る間に土に潜っていった
そのあまりの速さに二人とも、おぉ〜と感嘆の声をもらす
姿が見えなくなったが、地中のおけらの動きに合わせて表面の土が波打つ
子供のままの私と、子供なのに大人な息子に見守られ
小さな命は拍動していた
息子と二人、土が動かなくなるまで見送った
静かでいい時間だった
さて、夕飯でも作りますか、何か食べたいのある?
いや〜、特にない
君はいつもそうだよねぇ、などと交わしながら家に戻る
突然舞い降りた、正確には地べたを這いずってた出会いと静かな別れを終えて
ゆっくりと、それぞれの日常へ戻っていった
5/13/2023, 3:49:25 AM