目が覚めると、見知らぬ猫が腹の上に乗っていた。
「にゃー」
にゃーじゃないよ。
誰だお前は。
白地に黒のハチワレ。毛並みが良い。飼い猫だろうか。
猫ってあったかい。というか暑い。どいてほしい。
手でつかんで下そうとするが、びくともしない。もちもちの皮だけ伸びる。
おっと、首輪がある。緑色の首輪。探ってみると札がついている。だが、この角度からじゃ読めない。
「どこの子だよお」
「にゃー」
この声はハチワレじゃない。足元にいる三毛猫だ。
枕元からは白猫がおれの顔を覗きこみ、早くご飯をよこせと言わんばかり。
みんな、おれの猫じゃない。
どこかからやってきて、ご飯だけ食べて、気づいたらどこかへ行ってしまう。
今朝来たハチワレも、きっとそう。
「にゃー」
「分かったってば。分かったからどいて」
【お題:目が覚めると】
この道の先に何があるんだろう。
立ち入り禁止の看板の前で、道の先へ目を凝らす。
道は雑木林へ続き、曲がりその先は見えない。
すると、がさりと音がして、道の向こうから人がやってくるではないか。こんな田舎には珍しい、痩せた若い青年である。薄鼠色の着物を着ている。
青年は私を見ると、ぱっと顔を輝かせた。
「いらっしゃい! どうぞこちらへ」
状況が飲み込めず、「ええと」と口ごもる。
「ここって、立ち入り禁止って……」
「うわ、なんだこれ」
看板を見て、青年は困ったように頭を掻いた。
「ははあ、なるほど。僕を困らせようとして誰かがイタズラしたんだな。見て」
青年がひっくり返した看板の裏には、‘’喫茶去さざれ 美味しい珈琲あります”と書かれていた。
「暑いでしょう。僕の店で休んで行きなよ」
この日の気温は36度の猛暑日。見知らぬ土地で歩き疲れた私は、ありがたく青年の言葉に甘えることにした。
「特製の水羊羹を作ってあるんだ。誰も来なくて困ってたよ」
青年の周りが妙に寒いこと、彼の影が不自然に揺れていること。きっと暑さで意識が朦朧としているからだろう。とにかく私は酷暑から逃れたかった。
【お題:この道の先に】
ここに日差しはささない。だけどそれで良い。
木陰から広場を見る。太陽の下でボールを追いかけてはしゃぐ子供たち。それはまるで、スポットライトの当たる舞台のようで。
「あんたにもあんな時代があったんだよ」
母が横から口を出す。
「そうだよねえ」
今はもう、そこには出られないし、出たいとも思わない。
シャボン玉が飛んでくる。明るい広場から、風に乗って日陰の私のところへ。
まるで何かを伝えるように、
私の目の前でぱちんとはじけた。
【お題:日差し】
「もう一年もこんなことやってるんだよなあ」
垂らした釣り糸は動かない。水面は同じ波紋を繰り返し描く。
昨日も今日も明日も、同じような日々を繰り返す僕らと似ている。
【お題:1年後】
子供の頃は、何が好きだっただろう。
何に夢中になっていだろう。
思い出すにはあまりにも遠い過去になってしまった。
「いらっしゃいませ」
その青い花を見るまでは。
「気になります?」
「いえ」
「ずっと見てましたよね?」
若い女性店員にそう言われ、気まずさに目を逸らす。
娘と同じ歳くらいだろうか。
「この花、名前は何ですか」
小学校への通学路に咲いていたのと同じだ。小さな青い花をたくさん咲かせる。
初夏の日差し。クラスに馴染めなかった小学五年。
「アガパンサスですよ」
【お題:子供の頃は】