【お願い神様】
形の無いもので、直ぐに思いつくのは何だろうか。
私の場合は愛や恋、経験や記憶といったところだろうか。まぁ…経験や記憶はともかく、愛や恋は持ったことがないのだが。おい、私のことを寂しい人間なんだなという目で見るんじゃないよ!
「一人で煩くしてるけど、何してるの?」
⸺おっと。騒いでたから、義姉に心配されてしまった。んんっ、何でもないよー!
……変に語ったが要するに私は、愛が欲しい。
金みたいな、形あるモノで買った愛では無い。偶然や必然で出会う、運命的な愛が。
つまり、彼氏がほしいから…神様!私にも彼氏をお恵みください!!!
『うーん…気が向いたらね』
なんですとぉ!?!?!?
【じゃんぐるのじむ】
私は今、ものすごく後悔している。あんな奴を、上司だと思ってしまったことを。
何処かで腹抱えて大笑いしているか、上から目線で含み笑いでこの状況を記録しているかのどっちかしか思い浮かばないもん。
あぁクソ、今回は絶対後者だ。そうに違いない。だってそうじゃなきゃ、こんな妙な場所に来る筈がねぇ。
一度心を落ち着かせる為に、目の前にある建物の看板を見る。
〈ジャングルジム〜皆で育てよう野生の筋肉〜〉
だぁっクッソ何だよ野生の筋肉って、一体何なんだよ!?
てか周りめっちゃ超自然なのになんでビルが一棟だけ建ってんだよ電気とか水とか、どうしてんだよ!?!?!?
……はぁ、落ち着け脳内、落ち着け私。こういう時は、少しだけ記憶を遡って思い出そうじゃないか。
今日は確か、余所行きの私繋がりの人たちとの飲み会があって、それが終わって…そう。酔い醒ましに公園に寄り道したんだ。その公園のジャングルジムの方を見た時、内側に子供の影が見えた気がして、近寄って……中の空間に、入っ、たら……⸺ここにいた。
おーけー、現状の再確認は完了だ。
さて、どうする私。ジャングルの方、は間違いなく迷う。断じて私が方向音痴だからとかでは無い。無いからな!!!
うーん………よし。ビル、というかジムだな、うん。ジム行くかぁ!
「⸺君ィ!入会希望者かい?そうだろ?そうだろう!!」
なんか、すごい…筋肉をお持ちの、男性が出迎えてくれた。すごくイイ感じの人だと思うんだけど、暑いし息苦しいし圧迫感あるし何より……筋肉キャラって、見た目的に苦手なんだよね。筋肉がついてるならせめて、上裸で来ないで。上の服着てほしい、割と切実に。
「はっはぁ…君ィ、イイ身体してるじゃないか。ここへは仕上げか?仕上げに来たんだろう!そうだろう!」
………嫌な予感がして、自分の姿が見える鏡を探す。
あぁ、さいあくだ。すっごい綺麗な逆三角の筋肉さんの癖に、私の顔が乗ってる……やめて性転換してることより、一目見たときのインパクトがあるこっちの方に意識向いたんだけどちょっと誰か助けてほし⸺
*
「…ぃやだ……きんにく…ゃだ……うぅ」
友達の家に来たら、すごいうなされてる奴がソファに転がされてるんだけど…筋肉?
「なぁ。この寝てるの、このままでいいのか?」
「いいよ。寄り道しない約束破って公園で酔いつぶれてたから、悪夢見せてるだけだし」
「コイツがうなされてるのお前の仕業かよ…」
あー…まぁ、いいや。コイツらに過度なツッコミはこっちが疲れるし、放置だ放置。
「…れか………ぅしゅぇ……て」
…次来た時、向こうにしか無い果実でも持って来てやるか。
【声】
私は昔から、声が聞こえなかった。
音楽や自然の音は聞こえた。
なのに、人や機械音声の音⸺声だけが、聞こえなかった。
だから私は、昨日までは筆談だった。
そう、“昨日”までは。
手術に成功したから、という理由ではない。
どうやら、声が聞こえない原因は科学的ではなく、呪いの類だったから、らしい。
雲を掴むような噂話を追って、やっと見つけた魔女に多額の治療費を払い、魔女の助手になる約束をして、それでも足りない分は、身体の一部で賄って。
そうして私は、今日から⸺これからは声が聞けるようになるのだ。
*
「ふむ。これで、聞こえているかね?」
「⸺ぅあ……こえ、が…きこえる………?」
【秋に恋をした】
昔、ある秋の三連休に行き先を決めずに旅をした。
各駅停車の電車を乗り継いで、乗り継いで。気付くと、山間部を走る路線に乗っていた。
そんな電車に乗っていた時、いつの間にか眠っており、目が醒めると私が乗っている号車には、私一人が乗客として乗っているだけだった。
寝過ぎたと思い、窓の外を見る。
色とりどりに染められた山々。
山と山の間に沈む夕日。
⸺私は初めて、“恋”をした。夕暮れの秋の景色に、恋を。
その後、あの景色をもう一度見たくて、同じ路線に乗った。だけど二度と、あの景色に出会うことは無かった。
もしかしたらあの景色は、神様の仕業だったのかもしれないと、今はそう思ってる。
【大事だから】
出してと言われても。
友達と話したいと言われても。
家に帰りたいと言われても。
戻ってきてほしいと言われても。
何を言われても、すべて聞き流す。
もう少しこの世界が続くと、君はすぐに死んじゃうから。
だからこんな世界、壊した方がいい。
世界の崩壊は既に開始され、暫くしたらこの世界の人間は、元の世界に帰れる。
俺が言いたいことは、全部話した。
これ以上、ここにいる必要はないだろう。
「まって…いかないで。私、独りになっちゃうよ……?」
⸺・・・・・・・・・仕方ない、か。
君に近づき、隣に座る。
「え…?」
崩壊が終わるまで、君の夢が終わるまで、ここに居るよ。
だから君は、うんざりするくらい吐き出せばいい。
俺はどうしようもないくらい、君のことを愛しているから。
「……あ、あのね。私、あの時⸺」
どうしようもないくらい、君のことが大事だから。