ひっそりと交わす、秘密の文通。
誰かにバレても特に問題は無い。
秘密という言葉に背徳感を感じて、コソコソと交わす。
ある時、暗号を使った手紙が送られた。
暗号と言っても、炙り出しと単語の一部が入れ替わっているだけの、単純なモノだが。
内容は、城の宝物庫から盗み出さないかという提案。
正直、止めさせようと思っていたが、制止の手紙の返事に書かれた一つの宝の名が、頭を離れなかった。
⸺生者の心。どんな心の病も、治すことが出来る秘薬。
これがあれば、弟を治すことが出来るかもしれない。黒魔術の深淵に触れるように唆され、心を壊された弟を。
計画の最終段階の手紙を確認し、誰にもバレない様に暖炉へと投げ入れ⸺……た、筈だった。手紙が燃える寸前、何かに引っ張られる様に飛んでいく。
「ダメじゃないか、こんなことをしようとするなんて。あぁ、そうそう。過去の記録も確保しているから、これ一枚を奪い取っても意味無いかもね」
首元にナイフを当てられ、手紙を目の前で振られる。
「ただの秘密ごっこなら、僕は見逃したんだけどね。それに、宝物庫の物は正当な理由があれば申請を通して使用することが可能だって、知らなかった?」
藻掻こうとするも、身体はちっとも動かない。
人形劇の人形の様に身体が勝手に動き、影の正体を知る。
「お前、魔法卿の……」
「君のオトモダチは、僕の相棒が既に捕らえている。大人しく全てを白状すれば、今なら数カ月の牢獄生活かちょっとしたお金で済むよ?」
目の前の女とも男とも取れる人物は、怪しい笑みを浮かべ月を背景に立っている。クソッ、ここまでか。だが、本命は⸺
「っち、仕方な」
「そうそう。君、結構オトモダチと仲良しだから、オトモダチの考えも分かっているんでしょう。でも残念、僕の相棒は嘘を見抜くのがとても得意なんだ。何せ彼は⸺」
「⸺ンなっ!?」
囁かれた呼び名は、裏で有名な名だった。その名の人物は百年前には存在し、様々な組織で拷問官や参謀、果てには特攻隊長などを勤めたという、根も葉もない噂。
それでも、実在したという記録や、騙るモノを容赦無く潰したという話がある。驚くには、充分であった。
「おやおや、これを知っているなんて……君も、掘れば余罪が出てきそうだねぇ」
その言葉を最後に、俺はマトモな光を浴びることは無くなった。
【秘密を暴くは影の道】
変化が嫌い。
不変が好き。
変わることが苦手。
変らないことに安心。
行動が嫌い。
怠惰が好き。
動くことが苦手。
尽くされることに安心。
こんな愚かな私を、ずっと好きでいる彼には悪いけど……変人だと思うのは、多分正常。
【彼女の行動原理の様なモノ】
変えたくない。この感情の名前を出して、変わりたくない。
私という自己が、こんなにも”変化”が怖いだなんて……今まで、気付きもしなかった。
あぁ……どうしたらいいの?
彼との関係の名前の返答は、まだ出ない。
【正解は…?】
開いた窓から風が入り、カーテンが揺れる。
黒板には、祝福の言葉と絵がかかれている。
「誰もいない……いや、卒業式の真っ只中なんだから、当然なんだが」
一人の男の声が響く。
窓から入る風の勢いが強くなり、机が吹っ飛び始めた。
「……………」
「………いたなぁ、人」
教卓に隠れていた私は、何事も無かったかの様に立ち上がり、スーツを崩し煙草を咥える男としばし見つめ合う。
どうしよう…。
「あー、嬢ちゃん。なんでこの教室に…?」
「不法侵入な上に、未成年者が多数居る学校という場で煙草を吸うオッサンに言う必要、あります?」
沈黙が続く。
こんなに人が沈黙しているというのに、風の勢いは止まるどころか更に荒さを増していく。
先程まで開いていた筈の出入り口は閉じ、廊下側の窓も外側の窓も、真っ黒な空間を映しているのに、風は止めどなく侵入してくる。
「……あー、嬢ちゃん。もしかしてだが、”知ってる”人間か?」
「えぇ、まぁ。卒業後の進路は”そっち”です。表立って書けないので、一度ブラック企業に就職してから即辞表出します」
「オレの同期と似たベクトルだな……そんまんま”コッチ”来い、表に立たせてる企業に籍置かせるから」
「……噂には聞いてましたが、予想以上に人手不足なんですね。卒業前の学生を勧誘するなんて」
風が私と男に向かって吹いてくるが、私は防ぎ男は避けている。
「ぁあーまぁ、六年半前のあの事件で有能な若手や引退して教育やってた連中が、ごそっといなくなったからな……残ったのは微妙な中堅と未成熟な新芽だけ。人手不足なんは、これが理由やな」
「まだ学生の自分に、なんて内部情報喋ってるんですか貴方は…」
「こりゃ後で司令官から叱られちまうな、なはは」
”自分”に興味を持たない弱者に腹を立て、風は机を飛ばし始める。流石に動いて除けた方が楽だな。
「”コレ”の対処、嬢ちゃんならどうする?」
「そんなの……⸺有利な空間ごと斬ればいい」
世界がズレ、甲高い音を発して、風は消える。
全く、人がせっかく卒業式をサボりに来たのに、なんでこういう時に限って面倒なタイプが出るんだか。
「……嬢ちゃん、案外短気やな」
「短気じゃなくて、面倒なだけですよ。……全部が」
【はじまり。風斬り。スカートは戻していない。】
⸺アナタは今まで、数え切れない程多くのミチを歩き続けました。
「そうか? 別に、好きに歩いただけだ」
⸺アナタは今まで、その大きな一歩を歩く度、多くの人間を救いました。
「……目の前で負の面晒してんのが邪魔だっただけだ」
⸺アナタは今まで、人知れず救えなかった人を思って泣いていました。
「はっ、見間違いだ。そんなのは」
⸺だから、あと一歩。あと一歩だけ進んで、私を助けて下さい。……神様。
「…………仕方ねぇな。お前で最期だぞ、救うのは」
【素直じゃない、神様】