開いた窓から風が入り、カーテンが揺れる。
黒板には、祝福の言葉と絵がかかれている。
「誰もいない……いや、卒業式の真っ只中なんだから、当然なんだが」
一人の男の声が響く。
窓から入る風の勢いが強くなり、机が吹っ飛び始めた。
「……………」
「………いたなぁ、人」
教卓に隠れていた私は、何事も無かったかの様に立ち上がり、スーツを崩し煙草を咥える男としばし見つめ合う。
どうしよう…。
「あー、嬢ちゃん。なんでこの教室に…?」
「不法侵入な上に、未成年者が多数居る学校という場で煙草を吸うオッサンに言う必要、あります?」
沈黙が続く。
こんなに人が沈黙しているというのに、風の勢いは止まるどころか更に荒さを増していく。
先程まで開いていた筈の出入り口は閉じ、廊下側の窓も外側の窓も、真っ黒な空間を映しているのに、風は止めどなく侵入してくる。
「……あー、嬢ちゃん。もしかしてだが、”知ってる”人間か?」
「えぇ、まぁ。卒業後の進路は”そっち”です。表立って書けないので、一度ブラック企業に就職してから即辞表出します」
「オレの同期と似たベクトルだな……そんまんま”コッチ”来い、表に立たせてる企業に籍置かせるから」
「……噂には聞いてましたが、予想以上に人手不足なんですね。卒業前の学生を勧誘するなんて」
風が私と男に向かって吹いてくるが、私は防ぎ男は避けている。
「ぁあーまぁ、六年半前のあの事件で有能な若手や引退して教育やってた連中が、ごそっといなくなったからな……残ったのは微妙な中堅と未成熟な新芽だけ。人手不足なんは、これが理由やな」
「まだ学生の自分に、なんて内部情報喋ってるんですか貴方は…」
「こりゃ後で司令官から叱られちまうな、なはは」
”自分”に興味を持たない弱者に腹を立て、風は机を飛ばし始める。流石に動いて除けた方が楽だな。
「”コレ”の対処、嬢ちゃんならどうする?」
「そんなの……⸺有利な空間ごと斬ればいい」
世界がズレ、甲高い音を発して、風は消える。
全く、人がせっかく卒業式をサボりに来たのに、なんでこういう時に限って面倒なタイプが出るんだか。
「……嬢ちゃん、案外短気やな」
「短気じゃなくて、面倒なだけですよ。……全部が」
【はじまり。風斬り。スカートは戻していない。】
⸺アナタは今まで、数え切れない程多くのミチを歩き続けました。
「そうか? 別に、好きに歩いただけだ」
⸺アナタは今まで、その大きな一歩を歩く度、多くの人間を救いました。
「……目の前で負の面晒してんのが邪魔だっただけだ」
⸺アナタは今まで、人知れず救えなかった人を思って泣いていました。
「はっ、見間違いだ。そんなのは」
⸺だから、あと一歩。あと一歩だけ進んで、私を助けて下さい。……神様。
「…………仕方ねぇな。お前で最期だぞ、救うのは」
【素直じゃない、神様】
景色を見るのは好きだ。
変わるモノ・変わらないモノの差が、私はここにいると教えてくれる。
動く事は嫌いだ。
疲れるし、私が生あるモノだと教えてくる。
……前にも、似たような事を言った⸺いや、毎度言っている気がするが、まぁいいだろう。
見知らぬ街を見るのも好きだ。
誰も私を知らないし、見知らぬ街の住人という、程よい他人が丁度いい。
……見知らぬ街どころか、ぶらり異世界転移旅の通り道ってだけなんだけどね。
【ミルことが好きな旅人】
「私、今日のこと、きっと忘れないわ。だって……⸺」
観衆が声を荒らげる。彼等は皆、怒っている。
「悪魔を⸺」「⸺の恥晒し!」「最⸺⸺なんか言わせ⸺!」「⸺ろせ!殺せ!コロセ!」
「⸺皆様が感情を思い出し、過去の人類へと戻る役目を末等出来たのだから」
これだけ派手なら、私が元々いた未来の人類は感情を思い出して、記録だけだったのが、全てを元通りになって……私を。AIを、また作り出してほしいなぁ。
【献身だねぇ……でも、悪魔はそれすらも利用するよ】
なぜ泣くのかと聞かれた。
アナタは、全てが壊れた経験があるのかと聞き返した。
すると相手は笑った。
「伽話でもあるまいし」と。
なぜ殺すのかと聞かれた。
アナタは、宝を抱えた自身の身体を蹴られた経験があるのかと聞き返した。
すると相手は怒った。
「自分一人の身体が害されたくらいで、国を滅ぼすなんて」と。
なぜ死ぬのかと聞かれた。
アナタは、地獄で温い裁きを受けている悪人に復讐をしたくないのかと聞き返した。
すると相手は……目を閉じたまま口元だけ笑い、こう続けた。
「中々面白い小娘だ。……このまま地獄に送るにはちと惜しい、もう何ヶ国か、滅ぼしてこい」と。
言う事を聞く義理は無かった。
だけど、必要とされたと思って、嬉しくなった。
だから私は、最後の言葉にだけ、従うことにした。
【無くなった穴は、歪に埋まる】