#3 眠れないほど
自分のお腹の音がうるさくて眠れない。いや、眠れていないのは、お腹が空く前から、なんすけどね。とりあえずなんか食べようとキッチンに向かって冷蔵庫を漁る。ふと気がついた、不自然な量の葡萄ゼリー。
「なはは…僕ぁなにしてるんすかねぇ」
誰に向けたものでもない愚痴をこぼして、作りすぎたゼリーを頬張る。あの子の胃のサイズに合わせて作ったそれでは、全く腹は満たされない。
___あの子が、いつものいい匂いじゃなくなった瞬間を忘れられない。きっと、自分の発言が原因なんだろうけど考えても考えてもお腹が空くだけで。
どれだけ食べ続けていただろう、時間を確認するのにスマホの電源をつけて目に入った『1件の新着メッセージがあります』の文字。通知は切っていたから気が付かなかったが、ちょうど日付を跨いだ頃に来ていたようだ。
差出人は、『礼瀬マヨイ』
「今日は突然逃げ出してしまいすみませんでした。椎名さんが、他の方とお食事されたという話を聞いて、なんだか、いたたまれなくなってしまって。私が嫉妬なんて、烏滸がましいですよね___」
嫉妬?マヨちゃんが?
そのあともマヨちゃんがいっぱい謝っていたような気がするけど、そんなことはどうでもよかった。
また、先程とはかけ離れた軽い足取りでキッチンに向かう。
取り出したのは、まだまだ常備してあった葡萄ジュースとゼラチン。
今日はまだまだ眠れそうにない。
#2 光と闇の狭間で
この感覚が苦手だ。舞台袖での緊張。意識が遠のいていく感覚。
___かつて想像していただけの世界から飛び出して見たあのステージは、どうしようもなく“光”で。自分との差を痛感した恐怖とわずかな興奮。地下で、闇でしか生きられない私には到底手の届くものではないだろう。人の目が怖い。醜い私が、怖い___
「さあ、私も、光の中へ」
『礼瀬マヨイ』の幕が上がる。一瞬で歓声と熱気に包まれて、ステージライトに肌がジリジリと熱い。
さあ始めましょう、私の歪な物語を。もう、1人ではないのだから。
#1 冬のはじまり
クローゼットの奥にあった厚めの上着を急いで太陽の下に晒
したのが約1週間前。まだ手袋やマフラーはいらないだろうと家を出て、夜の寒空に朝の自分を恨む。
「マヨちゃんはあったかそうっすね~」
「え、ええ。寒がりなので、この時期防寒はしっかりするようにしているんですぅ。」
ご不快でなければ私のを、などと言って自分のマフラーを解き始めるマヨちゃんの手に自分の手を重ねて静止する。
手招きすると顔にはてなを浮かべてちょっと体を寄せてくるマヨちゃん。かわいいなんて、言えやしないけど。この気持ちを飲み込むように、さりげなく手を取って走り出した。
「急いで寮まで帰りましょ!そしたらちゃちゃっと温かいスープでも作るっすよ!」
マフラーの下にちらっと見えたマヨちゃんの頬がほんのり赤いのが寒さのせいだけじゃないって思い込むのは、自意識過剰が過ぎるっすかね?