歳を重ねる毎に取り繕うのが上手くなって、私の周りにはたくさんの仮面が増えていった
人によって、日によって、場所によって付け替えるそれは私の宝物
私がキラキラした眩しい世界で上手く生きていく為に、まあまあ綺麗に生きていく為に私を着飾るもの
私の生きる術だ
別に悪い事じゃないでしょ?
皆してるでしょ?
仮面をつけた私の方が皆好きでしょ?
文句を言わない私、人の嫌がる事を率先してする私、誰にでも優しい私
私は良い人
そう、それでいいの
ただ最近ちょっと疲れただけ
ちょっとで良いから休みたいだけ
キラキラした世界をぼけっと外側から眺めてたら
私を挟んで後ろは真っ暗だった
何となくわかる
ちょっと油断したらきっとこの真っ暗な世界に落ちちゃうと思うんだ
きっとこっちの世界なら仮面なんて被らなくても生きていけるんだろう
ずっと1人だろうけど
別に誰といたくもないし、誰と話したくもないし
良い人でいなくていい世界
私にはこっちの方が合ってるのかも
「ねぇ、何してるの?そっちじゃなくてこっちだよ!」
後1歩だったのに手首を掴まれて、誰かに引き戻された
そのまま明るい方へ連れて行かれる
え、ちょっと待って!そっち行くの?それなら仮面を被らなきゃ!
良い人でいれなくなっちゃう!皆から嫌われちゃう!
「仮面ってこれ?この足元のやつ?」
そうだよ、これは私の宝物、これがなきゃ上手く生きられないの!
「こんなものが大事なの?塗装が剥がれてボロボロで、本当にこれが大事なの?」
そんなわけない!色とりどりで凄く綺麗で、私はこれで着飾って生きてるんだから!
…綺麗だよね?
ひび割れがあるもの、剥がれかかってるもの、かけてるもの、真っ黒のもの…
なんで?凄く綺麗だったのに…
皆から好かれる私の顔だったのに…
私は文句なんて言わずに一生懸命仕事してる!
-あの人何の意見も言わないね
人の嫌がる事だって私が全てやる!
-面倒な事全部任せられていいね
誰にでも優しく接してるし!
-誰にでも良い顔して八方美人だよね
仮面をつけた私は皆に好かれてるよね?
皆私の事好きだよね?
私は良い人
-都合のいい人
-どうでもいい人
-いなくてもいい人
ああ、なんだ私は仮面をつけたってダメなんだ
誰からも好きになってもらえないんだ
「君の仮面の下の顔は凄く綺麗だよ、忘れちゃった?本当の自分の顔、美味しいもの食べた時はにこにこして、悲しい映画を見た時はぼろぼろ泣いて、ころころころころ変わる表情は本当に綺麗なんだよ?忘れちゃった?」
私そんなに表情あったっけ?貼り付けた笑顔が私の顔だと思ってた。
「仮面の下を見ようともしない人達に好かれ嬉しい?
本当の君を見ようとしてくれる人に大切にしてもらえたらその方が嬉しくない?」
だからこれは置いて行こう、って指された足元の仮面は私が後生大事にしようと思ってたキラキラした仮面じゃなかった。こんなもの大事に大事にしてたんだな。
「こんなにたくさんつけて重かったでしょ!」
けらけらけらけら、私の腕を引いてくれてる誰かが笑う。
私この人のこと知ってる。
美味しいものを食べてにこにこ笑う、悲しい映画ではぼろぼろ泣く、そんな人だ。
「うん、凄く重かった!だからもういらない」
ありがとうって言ったら私にそっくりな笑顔でその人は笑ってくれた気がした。
いつの間にか私を引いてくれる手はなかったけど、キラキラした世界はまだまだ眩しかったけど、もう1人でも歩いていけると思った。
とんっと肘がぶつかって反射的にごめんと謝った僕にこちらこそと彼女は微笑んだ
そういえば最近よくこんな風なやりとりをする気がする
一緒に勉強をしてる時
隣同士の席でお互いの友達を交えて話してる時
放課後取り留めもない話で笑ってる時
大体肘か肩がぶつかって、女の子相手に申し訳ないな、なんて僕がすぐ謝って、彼女がこちらこそと笑う
え、僕距離感掴めてない…?
えー、人によくぶつかる程とかヤバくない…?
「ねぇ!聞いてる?」
いきなりドアップの彼女が僕の思考を全部掻っ攫って行った
いやいや、近い近い!
それは顔が違すぎるでしょ!
聞いてなかったのは悪かったけど!
「もー、やっぱり聞いてなかった!」
ムッとした彼女が座り直したのは僕の隣で
…それも近くない?
だってちょっと動けば肩が触れそう
今だってお互いの手が触れそうだし
今日近いな…いや、今日だけじゃない
一緒に勉強してる時も友達と話してる時も今みたいななんでもない話の時も
彼女は僕の凄く近くにいた
鈍感な僕はノート見えにくいかなとか話聞こえづらいかなとしか思ってなかったけど…
あ、なんだ
この距離は
この近さは
彼女が僕に許してくれる距離感だ
不器用で素直じゃない彼女が一生懸命に行動してくれたのに僕は本当にこういうことに気づかないんだな
「あのさ!」
大きい声を出した僕に彼女が驚いた顔をする
「手繋いでもいい?」
あれ、なんか違う気がする…
「え、今?急に?」
そうだよね、これ絶対違うよね
間違えたよね
「ごめん…なんか間違えた気がする」
項垂れた僕に彼女はお腹を抱えて笑った
苦しそうな息が漏れてる
一頻り笑った後、少し微笑んでいいよと手を出してくれた
あーあ、僕は本当に何かも彼女には絶対叶わないだろうし、察しは悪いし、彼女以上に不器用だけど
「好きだよ」
素直さは彼女よりはあるつもりなのでどんな事も恥ずかしがらずに伝えていこう
遠慮がちに握った手の先、彼女は本当に本当に嬉しそうに笑ってくれた
これからもこの1番近い距離でこんな彼女の表情が見れたら嬉しい
その笑顔に答えるように小さな手をギュッと握り直した
泣かないでほしい
そう思う人は初めてで
僕よりも大きな目からぽろぽろと溢れる涙を拭いたくてたまらなかった
僕の掌が余るくらいの頬に触れ親指で拭う、驚いた彼女が僕を見上げる
想像して居た堪れなくなって、結局使い古したリュックから出したタオルを彼女の顔に押し付ける
ビクッと身体を震わせた彼女は押し付けられたものをタオルだと認識した後、一言発した
「汗臭い」
「うそ!?まだ使ってないよ」
焦ってタオルを回収した僕に泣き腫らした目の彼女が笑いながら言う
「冗談だよ」
もう涙は止まったみたいだ
この笑顔の方がずっと良い
そう思う人も初めてだ
「帰ろうか」
僕の問い掛けに頷いた彼女は当然のように隣に並ぶ
今この帰り道、彼女の隣は僕のもの
これからもずっと隣にいたいとはまだ言えない