もっと早く出会えてたら。
違う環境で出会えてたら。
そんな台詞をよく聞くけれど
君といまこうして出会ったこと、
最初から決まってたのだと思う。
今、このタイミングで、
結ばれることの無い環境で出会ったことの意味を
日々探している。
「陰キャ」とか「陽キャ」といった言葉は、あまり好きではない。
集団の中で、上位の立ち位置にいると思い込んでいるどこかの誰かが勝手にグループ分けして、いわゆる「陰」側に分類された者を侮辱する為の言葉。
そしてそう感じるのは、僕が「陰」側の人間である自覚があるからなのだと思う。
自分で言うのは良いのだ。僕は陰キャである。
そんな僕にも笑顔を向けてくれる君は、誰からも愛されていて。
本当に太陽のような存在で。いつだって眩しいのだ。
「もう一本次の電車で」
退勤後、駅前のベンチで話をするのがいつの間にか習慣になっていた。
仕事の愚痴や互いのパートナーのこと、趣味の話、若い時の恋愛のこと。
話題はなんでもよかった。お互い心地良い時間を過ごせるから。
最初は、電車を待つ数分の間だけだったが、次第に一本、二本と遅らせるようになった。
「そろそろ帰ろうか。」
職場を出た時と比べると辺りはすっかり暗くなっている。
反対方向の電車に乗る僕たちは、ホームでお別れだ。
金曜日。いつもの「また明日」は、今日は無い。
30分ほど電車に揺られて家に着き、さっさとシャワーを浴びて食事も程々にベッドに入る。
パートナーは先に寝ているようだ。
お互いに帰る場所がある。これが現実なのだ、とパートナーの寝顔を眺めて思う。
目が覚めるまでに、この気持ちが消えてしまえばいいのに。
言葉にしてはいけない感情を抱えたまま、眠りについた。
飲み歩いて夜遅く帰っても誰にも咎められなかった。
疲れた日の夕食はカップラーメンと缶ビールで済ませた。
洗濯物を一週間溜めても特段困らなかったし、休みの日には何時に起きても構わなかった。
それが今はどうだ。
帰りが遅いと何度も電話がかかってくる。
どんなに疲れてても、仕事で帰りが遅くなっても、夕食を作らないといけない。
食器を片付けて、それから毎日洗濯機を回さないと追いつかない量の洗濯物を干して。
休日の朝はいつまで寝てるのかと起こされる。
ただ居心地いい関係のまま上手く暮らしていけると思っていた。
彼の世話をするために一緒に住むことにした訳では無いのに。
毎日毎日帰路に着く足取りが重い。自由な時間がないことがこんなに窮屈だとは。
1人でいたいなぁ。
互いに帰る場所がある。守るべきものがある。
何も無かった。指一本触れていないし、心の内に閉じ込めた2文字は、一生閉じ込めたままにするつもりだ。
それでも心は、想いは通じていると自惚れていたし、それだけで十分だった。
夕暮れ時の数十分、僕の隣で気怠げに煙を吐く貴方の姿を眺めながら、日々色々なことを話した。
この関係ももうすぐ終わる。貴方に会えない日々が始まる。
終わる前に、一度だけ。
君の一日をちょうだい、と貴方は言った。
たった一度の貴方との約束。
たとえ嵐が来ようとも、僕は必ず貴方に逢いに行く。