窓から見える銀世界。
その中にひときわ鮮やかに咲いたのは、ひとつの麦わら帽子。
少し歪な雪だるまの上に被せてあるそれは、悲しいほどに眩しく映った。
「これで良かったのかな、なーちゃん」
ぺしょりとこたつに突っ伏しながら独り言ちる。
私一人だけの家にはやけに響いて、いっそ窓を開けて雪に音を吸い取ってもらおうかと思った。
気付くと麦わら帽子に払ったばかりの雪がまた積もり始めている。
「なーちゃんはそのままにしといてって、言ってたけど……」
たまらずコタツを抜け出した時、プルルルルと無機質な音が家に響いた。
タイミングが良かったのか悪かったのか。
「……もしもし、伊藤です」
「あら~沙苗ちゃん!?帰ってきてたのぉ!」
「恵美おばさん、お世話になっております。あいにく家族は今出かけ」
「ね!最近どうなの!ちゃんと食べてる?仕事は順調?あ、彼氏はどうなの!」
僕は、今日ついに任務を終えます。
これまでたくさんの駅を、休むことなく通過してきました。
それは決して美しいだけでも、快適な訳でもない道でした。
それでも、この任務を責任を持って終えられることが何より誇らしいと。
そう思えるほどに素敵な旅でした。
さあ、最後のアナウンスです。
「───間もなく終点、「 」、「 」です。
折り返しはございませんので、お忘れ物なきようお願い致します。
快適な旅だったでしょうか。素敵な旅だったでしょうか」
僕は、《お客様》をきちんと運びきれたでしょうか。
残念ながらそれを確認する術はありません。
それでも、だからこそ。
もう聞こえないあなたに精一杯のアナウンスを届けるのです。
「どうか降車の際は、笑顔でいられますようお祈り致しております」
景色が白み、そしてゆっくりと閉じていきます。
手にするのは初めて、そして最後に握るブレーキです。
ゆっくり、ゆっくりと。
かくして静かに振動は止まりました。
もう、いつも鳴り響いていた規則的な音はしません。
僕はそれを確認すると、一際大きく息を吸い込みました。
「ご乗車ありがとうございました。終点、「 」、「 」です。お忘れ物はございませんでしょうか ────────」
上手くいかなくたっていい。
自分が許せるなら、ね。
※百合、不穏
【物語の結末は】
蝉時雨に包まれる中、君の涙が夕日を照り返していた。
次から次へと溢れて止まらないそれを、ずっと眺めていたかった。
……でも。
「里穂に一番似合うのは、笑顔でしょ?」
柔らかな茶髪をさらりとかきあげ、その頬の涙を拭う。
白くてしっとりしてて柔らかくて、こんな素敵な存在に触れていい事が未だ信じられない。
震えを押さえ込んで、そっと壊れないように撫でる。
そうすると、この手の中の何よりも愛しい花がほころぶのだ。
「へへ、だって、私が美優ちゃんとなんて、信じられなくって」
「何言ってるの、私こそ信じられないよ」
「嘘だぁ!」
「嘘な訳無いよ」
本当は喋るのも難しいくらい心臓が跳ねていて、そんな胸の内を全てさらけ出してしまいたい。
でも、今はまだその時じゃないから。
まだ暑さを残した風が、私たちのスカートを揺らす。
「……美優ちゃん?」
まだ涙の残る潤んだ瞳が私を覗き込む。
小さな雫の着いたまつ毛、少し赤く腫れ上がった目元。
そしてただあどけなく私だけを映す瞳。
────その全てがあまりにも美しくて。
「夢みたい」
思わずこぼれ出た言葉に、里穂は首を傾げる。
そして途端に顔をまた真っ赤にした。
「え、ゆ、夢みたいって、こっちのセリフだよ!?だって私なんかが……っ」
ぎゅ、と私が両手を握るとびくりと身体を震わせる里穂。
「なんか、って言うならさ」
そのまま私は《彼女》を抱き寄せた。
「夢“なんか”じゃないって、言って欲しいな」
「あ……」
おそるおそると言った手つきで背中に腕がまわる。私が力を込めると、彼女もそれに応えてくれた。
未だ鳴り止まぬ蝉時雨。
予定より少し遅くなってしまったけど、とても順調にことは進んでいる。
どくどくどくと渾然一体とする私達の鼓動。
初めて出会ったあの時から、綿密に描いてきた理想図。
「……みゆ、ちゃ……っ」
「ずっと一緒にいようね、里穂」
誰にも、死んでも、渡しはしない。
そもそもそんなことは起きない、有り得ない。
なぜなら最初から決まっているから。
だってこれは運命なのだから!
笑顔が一番、なんて言ったけれど。
やっぱりどんな顔も可愛い。どんな時だって可愛い。
小さく愛らしい手は弱々しく私の腕を引っ掻くと、そのままとすりと地面に伏した。
さあ、予定通りのフィナーレへいきましょう。
※BL
【ミソラとライヤ】
青天の霹靂って、この事だろうか。
「·····深天·····?」
「なに、雷弥」
俺が呼びかければ答えてくれる、少し高いけど落ち着いた声。
ただ一つだけ違った。
憎々しいほど澄み渡った8月の空を背に、確かにその瞳は光を灯していた。
俺がずっと、大切に大切に閉ざし続けてきた瞳だったのに。
異変が起き始めたのは、1つ前の冬の頃。
その日も今日とよく似て雲ひとつない青空が広がっていた。
深天────俺の恋人、春岡 深天(はるおか みそら)の吐く白い息が、横顔にいっそう映えていたのをよく覚えている。