俺は叫んだ。
額に汗して。
涙を流して。
煙に巻かれながら。
熱にこらえながら。
貴女へ届く様に。
声が枯れるまで。
そう。
必死に、叫んだつもりだった。
けれども。
その喉を震わせ、鼓膜を伝い届く筈の俺の声は、風の様に、惟々、空を切るばかりで。
目の前に横たわる貴女は、目を覚さない。
どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。
今起きないと、
貴女は、貴女は。
---------おふくろ…おふくろ…火事だ…火事だ…!!
こんなに絶叫しているのに。
こんなに懇願しているのに。
こんなに、悔いているのに。
どうして俺は、貴女より先に逝ってしまったのだろうか。
降って来た。
慌てて俺は駆け出した。
走りながら、雨宿り出来る場所を脳裏で探す。
ひと気もまばらなこんな片田舎じゃぁ、カフェなんて気の利いた場所なんて何処にもない。
「クソが」
今日はついていないことばかりの俺は、思わず独り言る。
テストの点数は芳しくない。
弁当は量が足りない。
うちは片親だから、料理当番である今日はスーパーに寄らないとならない。
学校帰りにバスを逃した挙句、大粒で降る雨に打たれるとは。
普段なら「そんなこと」と一蹴するそれらが、今は鬱陶しくて仕方がない。
早く帰りたい。
そう思いながら、ずぶ濡れのままスーパーへ駆け込むことを決める。
公園を曲がったところで、不図、大きな傘をさした人とすれ違った。
すれ違いざま、名を呼び止められる。
ぎょっとして振り向くと、それは父だった。
「え、親父。マジか。どうしたん?仕事は?」
「まだ途中なんだけど。お前が帰る頃だし、雨に気付いて、迎えに。」
寝不足顔で、親父はくしゃっと笑った。
嗚呼、そんなことする親父だよ、あんたは。
滅茶苦茶疲れているのに。
滅茶苦茶苦労掛けているのに。
ちょっとしたことでも、いつだって駆け付けてくれるんだ。
テストの点数悪くてごめん。
食い盛りでごめん。
おふくろ止められなくてごめん。
「でも、通り雨だったなぁ。」
そんな思いを他所に、親父はまた笑う。
「帰ろうか。」
「あ、スーパー寄って。」
「おう。今日の晩メシ何だ?」
他愛もない会話。
畳む傘。
日の射し始める空。
雨の通った後、俺の心は晴れていた。
月夜のジャングルジム
ブランコが揺れている
仰いだ空は
星で一杯だった
あれが北斗七星で
あっちがカシオペア座
その間が
北極星だよ
得意げに、君が微笑う。
星のことは、俺に任せろ。
嗚呼……
君よ、君。
僕は、この気持ちを。
この気持ちを、如何したら良い。
ジャングルジムのてっぺんで
ただただ
君を見つめる
言葉はいらない、ただ…
ただ………どうか………
海へ
海へ、行った。
友人と二人で連れ立って、嵐の後の、ぽっかりと月の浮かんだ、静かな海へ行った。
埠頭。
潮の香り。
灯台の灯り。
何か云いたかった。
何か云いたげだった。
けれどもずっと、黙っていた。
惟々二人で、海を眺めていた。