大狗 福徠

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5/5/2025, 4:38:07 PM

手紙を開くと
気付かぬうちに、古い古い便箋が床に落ちている。
いつものように支度をして、家を出ようとした矢先のことだ。
突然の非日常。
近代のモダンな家の、明るい茶色のフローリングのその上に
無作為に打ち捨てられた趣のある中世ヨーロッパの外観を持つ便箋。
急いでいた私はそれを見て見ぬふりして出社した。
今の電車に間に合わなければ遅刻が確定する。
あんなものには構っていられないのだ。
半端な田舎を舐めないでほしい。余裕で30分電車来ない。
なんとか間に合った電車で、つい先程の便箋を思い出す。
朽ち果て具合は到底現代のものとは思えない。
紙は百年以上残るとどこかしらで聞いたし、
あれもかなり前のものなんだろう。
丁寧に封蝋されているのを見た辺り、
よほど大切なものだったのが伺える。
それが渡したかった相手なのか、内容なのかは
とんと見当がつかないが相当の思いが籠もっているだろう。
結局は終業時刻までモヤついたままだった。
とうとう家に着く。
ほっぽりだされたままの便箋は、
未だ冷たいフローリングの上に転がったままのはずだ。
想定通りあったそれを拾い上げる。
美しい筆記体はおそらくブリティッシュ英語で
翻訳が少し面倒くさかった。
大切にされていたのはどうやら相手のようだ。
多くの皮肉と冗談を交えられて相手を気にかけている。
その内容から察するに受取人は精神を病んでいたようだ。
仕事や家庭には一切触れていないところを見るに、
対人関係で何かあったのだろう。
ごくごく一般的な手紙。
問題はそれが我が家にあるということである。
見ないふりをするのはもう遅い、が
受取人に届けるのも不可能だろう。
なにせ名前が書かれていない。
これにて事態は行き詰まってしまったのだ。
手紙を畳み込んで便箋にしまい込み、テーブルの上に置く。
今日はもう疲れた。
さっさと寝よう。
そう言って向かったベッドの上に趣のある便箋が落ちている。
デジャブだ。どういうことなんだ。なかっただろさっきまで。
悪態をついても仕方がないと封を切り手紙を読む。
どちらも届かなかったんだろう。
手紙に綴られた内容は訃報だった。
受取人ではなく差出人が逝ったらしい。
手紙はその家族から送られたようだ。
心配の手紙も、訃報の手紙も結局届きはしなかった。
届いても、開けられなかったんだろうか。
しかしこの手紙で受取人と差出人が確定した。
こいつらが何者なのかは明日ざっくり調べよう。
今度こそ眠ろうと棚においてある手紙の上に重ねて眠る。
・・・棚の上においてある?
さっきの手紙はリビングに置きっぱにしてきたはず。
じゃあこれはまた。
デジャブだ。3回目だぞお前。
これは封が開いている。
字体が違うところを見るに受取人と差出人が逆転したらしい。
綴られているのは感謝と謝罪。
涙の後がポツポツと字を滲ませている。
それだけの手紙だ。
訃報の後の手紙だろう。
おそらくは時系列順に我が家に手紙が発生している。
振り返ってベッドに飛び込む。
もう枕の下でカサッとか言ったけど気にしない。寝る。
手紙を開くのも彼らの追憶もこれからさきで良い。
なんなら私も、いつの日かこの非日常を手紙にしてしまおう。
八つ当たり気味にそう考えてようやく眠りについた。

5/1/2025, 10:15:32 AM

風と

4/28/2025, 4:10:15 AM

ふとした瞬間

4/20/2025, 12:43:27 PM

星明かり
夜中、いつものようにパソコンを開いてゲームを起動する。
真っ暗な部屋の中、画面から青白い光が放たれる。
確実に目が悪くなるだろうがこれでいい。
長生きするつもりなんてないのだから。
慣れた手つきでオープンワールドに入り込む。
いつも通りのソロプレイで、また最初から。
資材を集めて、ツールを集めて、ボスを倒して。
いつの間にやらゲーム内時間が夜中になっている。
見えた夜空はあまりにも美しくってグラフィックの進化に驚いた。
敵がいるのはいつの目の前だったから
空なんて見上げたことがなかったんだ。
思わず窓の外を見つめる。
小説だったらゲームより美しいとか書かれるんだろうが実際はそんなことはなく、平々凡々な空が広がるのみだった。
それでも一等星の星明かりがこちらを照らしていた。

4/19/2025, 11:35:15 AM

影絵
「ちいちゃんの影送り」。
僕らの世代は小学校の時にみんな教科書で見たお話だった。
そしていつも、それを見た学級は影送りをしてた。
青い青い空に浮かぶ自分の形をした雲もどき。
それが面白くて仕方がなくてよくやっていた。
思うに、当時の僕らにとってそれは空想を描く友人でありながら
決して手の届かない、触れることの叶わない神聖なものだった。
それに、擬似的ではあるけれど触れて、その上穢す事が出来たのがあまりにも至福だったんだろう。
僕だけは、大人になってもそれがやめられなかった。
通勤中、買い物中、ドライブ中。
いつだって暇を見つけては影を送って穢し続けた。
送った影ばかりが溜まった汚い空が愉快で仕方がなかった。
醜い影絵が空を覆ったように見えて。
思わず足を踏み外せば送った影に僕も覆われるのだろうな。

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