テーマ【子供のままで】
誕生日。それは一年を通して一つの生命が生まれた特定の日のこと。
そして俺の誕生日は五月十三日。別に特別な意味があるような日でもなく、少なくとも俺にとってはいつもと変わらない普通の一日だ。
ただ、誕生日が来るたびに僕は少しだけ不思議な感覚を覚える。なぜなら、僕が生まれたのは真夜中の真夜中。午前四時頃らしい。
だからいつも通り寝ていつも通り起きると、僕は一歳年を食っているのだ。
「あら、そうだったわね。あんたも明日で成人か、時の流れは早いもんだねぇ」
言葉の尻に「まだ子供のくせに」と付きそうな罵倒なのか成長を喜ぶ声なのか分からないことを言う母を横目に、朝食を食べた俺は家を出て学校に向かう。
そしていつも通り友達と挨拶し、いつも通り授業を受け、いつも通り下校し、いつも通り夜を過ごす。
眠る直前、明日からは俺は成人になってるんだなと思い出す。
一日二日で何か変わる訳もないが、大人になるということにほんの少し優越感に浸る。そして明日からはシッカリしよう。そんなあやふやで無意味な誓いを立てて目を瞑る。
まだ、子供のままで居たかったな……なんてな。
翌朝、俺はスマホのアラームで目が覚める。時間はいつも通りの7時半。日付は『五月十二日』。
今日も一日、いつも通りの日々を過ごそうと思う。
テーマ【愛を叫ぶ。】
俺は走った。とにかく走った。限界も公開も投げ捨て、最後にもう一度だけ別れを告げる為に。
現在時間は『午前八時』。ここから駅まで全力疾走を続ければ十分間に合う距離だろう。
周りに居る人達から奇人を見るような視線を集めながら、息も絶え絶えで駅に転がり込む。
もう、君と合うことはないだろう。それでも俺の人生に彩りと幸せを教えてくれた君に、俺なりの愛を叫ぶ。
「メチャクチャうめぇぇぇ……!」
俺は、今日販売終了の期間限定料理を涙を流しながら頬張るのであった。
テーマ『初恋の日』
彼女と一緒に居ることは僕にとって『あたりまえ』だった。
家族ぐるみの付き合いで、赤ちゃんの頃から遊んでいた僕らは小学生になってもずっと一緒で。
だけど小学生高学年にもなれば自然と異性である僕らは離れて行き、中学生になった頃には殆ど疎遠になった。
進学先の高校は別。同じ学校であるという縁さえも完全に途切れ、今ではただのお隣さん。学校が違えば登校時間も違って顔も合わせることも無くなった。
そうして高校も大学もどこか空虚な学生生活を過ごした後、僕は社会人となり社畜のように働き始める。
そんなある日、友人が開催した合コンで偶然にも彼女の再び出会う。
大人になった彼女は昔より何倍も綺麗で、何倍も賢くて。それでも昔と変わらない所もある。そんな彼女と過ごす時間は、子供の頃の『あたりまえ』を取り戻したようで。
いつの間にか『あたりまえ』の様に一緒になった僕達は、『あたりまえ』の様に結婚し、『あたりまえ』のように子供を成し、『あたりまえ』の様に数十年の時を旅した。
そして遂に訪れる、寿命という名の最後のお別れ。男より女の方が寿命が長いと聞くが、僕達の場合は逆のようで。
僕は沢山の家族に見守られながら永遠の安らぎに着こうとする彼女の手を握る。
その手は僕と同じように昔からは想像出来ないほど萎れていて、だけど僕や子供達の面倒を見続けた立派な母の手で。
今更ながらに僕は気がつく。彼女は僕にとって『幸せ』であり、『強さ』であり、『自分自身』であり、何よりも『あたりまえ』だった事に。
生まれてから何十年の『あたりまえ』が『あたりまえ』では無かったことに。
僕は命の音がどんどんと小さくなっていく彼女に最後の言葉を渡す。
───ありがとう。愛してる。
テーマ 【明日世界がなくなるとしたら、何を願おう。】
『⸺それを知っているのは手紙を読んでいる貴方だけです。最後の一日、貴方はどう過ごしますか?』
いつの間にか机の上にあったその紙切れをゴミ箱に放り込み、冷蔵庫の残りを確認してから財布だけを持ってスーパーに向かう。
買うのは人参と玉ねぎ、それにピーマン。あぁ、ウインナーも使ってたっけな。冷蔵庫でよく見たソース付きの麺も忘れずに。
さっさと会計を済ませた俺は帰宅してすぐ調理を開始。買ってきた材料を食べやすい形に切り、味見することなく感覚で味付け。
完成した手料理の味は……うん、普通。少しだけ水っぽい。手作り感の満載な昔懐かしい味だ。
今日は日曜日、休日だ。みんな俺と同じように家でゆっくりしてる頃だろう。……偶には俺から電話かけようかな。
そんなことを思いながら、俺はスマホを手に取った。