七風

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3/24/2023, 4:34:36 PM

「ところにより雨ってなんだよ」
テレビに向かってそう悪態をついてみる
放たれた言葉は誰もいない家の中に吸い込まれていく


恋人と出かける予定を立てていたのに、
「急な仕事が入った」と言って恋人は朝早くにバタバタと家を出ていった
俺はろくに送ることもできず早朝の薄暗い家に1人取り残された
そんなに早く起きてもやることも特にないので
リビングのソファーに座っておもむろにテレビをつける

番組のゆるキャラのようなものが、お天気お姉さんと呼ばれる女性と共に立って今日の天気を伝えている
「今日の天気はおおむね晴れ、ところによりにわか雨が降りそうです」
「お出かけの際は、折りたたみ傘をお持ちください」
そうお姉さんが笑顔で告げ、次のコーナーへと画面が切り替わる
「ところにより雨ってなんだよ」
そんな情報を聞いたって今日のデートはなくなったわけだし…
少し拗ねながらも朝食を食べ、今日1日何をするかを考える

録画の溜まっているアニメを一気見するか
まだ読めてない本を読んでもいいな
寝室の掃除もついでにやっちゃおう

なんて、考えると意外とやることはたくさんあって
恋人へのモヤモヤは少しずつなくなっていった


やりたかったことが一通り終わって、太陽が傾き始めた頃、外からポツポツと雨の音が聞こえてきた
ふと、朝早く出ていった恋人の姿がよぎる
「あいつ、傘もって行ったかな?」
なんて考えていると、机の上のスマホが振動した
画面をスワイプして電話をとる

「もしもし?どうした?」
「もしもし、今仕事終わって駅出たところなんだけど、雨降られちゃって… 傘もって迎えきてくれない?」
やはり恋人は傘を持たずに家を出たようだ
「んー、まぁ、ちょうど色々やり終わったところだし、いいよ」
「ありがとうー!!助かる!」
朝のことがあったからいじわるしてやろうかと思ったけど、惚れた弱みだ
急いで支度をして恋人を迎えに行く
駅に佇む恋人の姿に駆け寄り声をかける

「お待たせ、喫茶店とか入ってればよかったのに」
「ありがとう、まあ早く来てくれるって思ってたから」
「なんだそれ笑」
「あれ?傘一つだけ?」
恋人は大きな傘を一つだけ持ってきた俺を見て少し驚いた様子で聞いてきた
「うん、1つ。お前には濡れてもらおうかと思って」
「えー?そういうこと?それじゃあ迎えにきてもらって意味ないじゃん笑」
そう言いながら恋人は少し困り眉になる
「なんて冗談だよ、ほら入って、帰るぞ」
「相合傘したかったんだ、可愛い」
「…うっせ、朝の仕返しだ、お前が持て」
「あはは、はいはい、仰せのままに」
恋人は俺の手から傘を奪い一緒に歩き出す


帰り道の途中、何かを考えている様子の恋人が急に立ち止まった
「どうした?」
「雨」
「…?雨?」
「雨やんだね」
そう言われて傘の外に手を出す
確かにさっきまでポツポツと降っていた弱い雨は止んで、雲の隙間から太陽が少し見えている
「ほんとだ」
そう言いながらも俺は家の方向に足を進める
「…待って」
振り返ると恋人は立ち止まりこちらを見ていた
「ん?どうした?」
顔を伺いながらも恋人の元へと引き返す
「あのさ、」
「うん」
「朝はごめんね」
恋人はしょぼんなんて効果音がつきそうな顔でそういった
「別にしょうがねーだろ、仕事なんだし」
「ううん、しょうがなくなんてない。あのさ、朝の代わりになるかは分からないけどさ、今からデートに行きませんか?」
いきなりの申し出に戸惑い、少し止まってしまう
「いや、かな?」
「い、嫌じゃない!むしろ、行きたい」
「ほんと…?よかったー、断られたらどうしようかと思ったよ」
「そんなの、断るわけないだろ」
「うん、そーだね、よかったよかった」
恋人は傘をたたみ、そっと俺の手を握った

「それじゃあ行こっか、デート」
「うん」

たまには雨も悪くない…かも




お題:『ところにより雨』

3/23/2023, 4:40:22 PM

君の中で特別の存在になりたいと思って考えてみたんだ
大切な人がいる君の中で、その大切な人になれなかった僕が特別になるにはどうしたらいいかって
それでまず「特別」の意味を調べたんだ
辞書を引いたら
普通のものとは違う扱いをする事とか、例外になる状態とか書いてあった
つまり、僕が君の中で普通じゃなくなる事、それが特別になるってことだってわかった
それで僕考えたんだ
僕が君の中の特別になる方法
僕が今からやる事、よく見ててね
しっかりと見逃さないように
その少し茶色みがかった綺麗な両目で


── 君だけに捧げる僕の最後を



彼に笑顔でそう告げて、僕は屋上の端から踏み出した
君の中の普通じゃなくなるために
君の特別になるために


頭から勢いよく落ちていく
でも笑顔は絶やさない
屋上から焦った顔で僕を見下ろす君の目をしっかりと見つめて
君にしか見せない最高の笑顔で


衝撃が走る
だんだんと体の感覚がなくなっていく
意識を失う直前最後に見えた君の顔が脳裏によぎる

…僕は君の特別になれただろうか?

「ぁ゛いし゛て る…」

たった1人に向けたその言葉は
悲鳴の中に消えていった





お題:『特別な存在』

2/2/2023, 2:17:10 PM

──勿忘草が咲く頃、僕はこの世界からいなくなる──


人間は2回死ぬんだって
1回目は命が尽きた時
そして2回目はみんなの記憶からなくなった時

…だからさ、君は忘れないでよ
君が忘れない限り、僕は生きていられるから

忙しくて忘れちゃうこともあるかもだけどさ
春になったら思い出してよ

勿忘草が咲く美しい季節になったら
ほんのちょっとでもいいから僕のことを思い出してよ

君の中だけでも、僕は生きていたいから

君の中で生きていられたら、それだけで僕は幸せだから


〘 勿忘草 〙
―私を忘れないで
―真実の愛




お題:『勿忘草(わすれなぐさ)』

12/9/2022, 1:44:35 PM

手を繋いでデートすることが憧れだった
世の中のカップルがそうしてるように
ごく普通に
好きな人と指を絡めて
人の温もりをそばで感じて
少し照れたりなんかして
それを茶化して茶化されて
そんな普通のカップルみたいな普通の恋愛
それに憧れた
ハグしてなんて、キスしてなんてそんな贅沢は言わない

だから、せめて手だけでも...
隣を歩く俺より少し大きな君のその手に触れて
手と手を絡めて...

「どうしたの?」

目の前のカップルを見て時間が止まった俺を隣の君が
心配そうに見つめる
「ううん、なんでもない」
君と手が繋ぎたいなんて、そんなこと言えるわけなくて
とっさに出ていた手をポケットにしまって
俺は首を横に振る
「全然なんでもないって顔してないけど」
俺の心を見透かしてるようなそんな目をして
君は俺の目を見据える
「いや、ほんとなんでもねぇよ?大丈夫」
君の瞳に負けじと、俺も君を見据えて言った
「...そっか、まぁ無理には聞かないけどさ、なんかあったら言ってよ?」
「お、おう」
俺は軽く返事をして、君から顔を逸らした
逸らした先にはやっぱりカップルがいて
羨ましいなぁなんて思っちゃったりして...

沈黙が気まずくなって、君の方を振り返り声をかける
「なぁ、次、あそこ行かねぇ?」
そう言うと君は心配そうな顔から笑顔に変わって
「うん、いいね」
と言う
「ほんと?よっしゃ」
喜び半分、君が笑顔になった嬉しさ半分で君から視線を逸らす
「じゃあ、はい」
少し後ろから君の声がした
振り返ると、そこには片手を僕に向かって笑顔で差し出す君の姿があった
「ん?」
「あれ?手繋ぎたいのかと思ったんだけど、違った?」
君は笑顔で優しい声色で、僕にそう告げる
「手繋ぐの、別に変なことじゃないよ?だって、僕たち恋人同士なんだし」

君はやっぱり俺の思ってることを見透かしてるみたいだ
俺が何を思って、何を悩んでるのか
何も言ってないはずなのに、なんでか分かってくれる
君はすごい
君が恋人でよかった

「ほら、手、繋ご?」
改めて差し出された手を、俺は戸惑いつつもそっと握る
「...ありがと」
俺より少し大きい手は俺の手を強く握り返した



「手を繋いでデート」俺の憧れ

これからは、俺らの当たり前



お題:『手を繋いで』

11/7/2022, 2:45:08 PM

鏡に写ったワタシが喋る

『あなたとワタシは運命共同体、ワタシはあなた、あなたはワタシ、この運命からは逃れられない
あがいても無駄、どんなにあなたが拒否しても、ワタシがこの手を離さない限り、あなたとワタシは離れられない
諦めてこの現実を認めなさい、あなたはワタシ、ワタシはあなたなんだから』




「......ハッ」
短い息が口から漏れ、ベッドから飛び起きる
思い出せない、でもとっても嫌な夢を見ていた気がする
初めてじゃない感覚
私が私じゃないような、そんな何度も何度も繰り返すような不安感
ふと、自分の手を見つめる
確かに私の手のはずなのに、私じゃないような...
感覚を確かめるように手を握って開いてを繰り返す
手のひらに少し伸びた爪が当たって、ピリッとした痛みを引き起こす

大丈夫、ここにいる私は確かに私だ

そんな確認をして、ベットから立ち上がる
普通に仕事があるのだから、そろそろ起きなくてはいけない
寝起き特有の少し重い体を揺らしながら洗面台へ向かった

洗面台の前に立ち、鏡を見る
「うん、いつも通りの私だ」
起きた時に感じた不思議な感覚を、嘘だと自分に思い込ませるようにそう呟く
瞬間、鏡の中のワタシの口角が上がった...気がした
「えっ?』
世界が回る
まるで鏡の中に引き込まれるように


次の瞬間私は鏡の前に立っていた
さっきと変わったのは私の周りに何も無いこと
そして鏡に映る知らないワタシの姿

『ここはなに?!ねぇ!ここからだしてよ!!』
私は必死に鏡の前の知らないワタシに叫びかける
そんな私を無視して
ワタシはさっき見た不気味な笑顔で私に告げる

「だから言ったでしょ。私はアナタ、アナタは私この運命からは逃れられない
あなたはこれからそっちの世界でワタシとして生きていく
せいぜいそっちの世界でワタシの人生を楽しみなさい
じゃあネ」

......手が、 離れた
本能的に感じた感覚


ふふっ...
という笑い声を最後に私はワタシを置いていった

『おねがい、ここから だし テ......』






お題:『あなたとわたし』

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