守られた安寧の日々に
終止符を打って
そこから飛び立ってごらんなさい
ほら 空はこんなにも広い
知らないことばかり多すぎて
圧倒されて 打ちのめされて
かごを壊したことを後悔する
そんな日もあるでしょう
でもこれが
生きるということではありませんか
自分の意思で
その足で歩きだしてはじめて
あなたはあなたを知り
生きるを知る
自由になる痛みの中で
あなたはきっと強くなる
さあ勇気を持って
その羽を広げてごらんなさい
#鳥かご
夏に咲く紫木蓮は
青葉に埋もれ
ひっそりと
誰にも知られず
咲いている
誰が知っていようか
おまえは夏にも咲くのだと
誰がおまえの秘密を
知っていよう
朝に 晩に
雨降る日に
柵の影に
紫は映る
おまえは誰にも
教えなかった
わたしは誰にも
教わらなかった
だが
わたしだけが知っている
わたしだけが見ている
おまえが精一杯に
花咲かせたのを
#花咲いて
嘘や欺瞞に
洗脳された世の中で
光を放つ
信じる強さ
愛する心
泥中の蓮に倣いて
花開かせた
その優美なるひとつの花を
わたしにください
#今一番欲しいもの
吾輩は猫である。名前はあんず。これでも一人前の雄である。幼少時、家主が吾輩を雌と区別がつかず名付けたものである。
あんず、と呼ぶことはだが稀である。たいがいやつらはあんと呼ぶ。どちらにしても響きが軽くて吾輩の気に入らぬ。
時々はあんちゃんと呼ぶ。やつらの兄ではないのだからあんちゃんというのもおかしな話だ。
あんのすけ、と呼ぶ者もいるしアンクルトムと呼ぶものもいれば、あんぶー、ぼくちゃん、と呼ぶ者までいる。
さて。名前とはいったいなんなのであろうか。
必要か不要かと問われれば、吾輩にはどちらでもよい、どうでもよい。としか答えられぬ。
なくて困るものでもなく、あって困るものでもない。そういうたぐいのものだ。
吾輩は猫である。名前はあんず。
むろんこの名を気に入ってなどいないが、やつらが猫なで声で名前を呼ぶものだから、猫をかぶってたまには返事でもしてやろうというものだ。
#私の名前
あなたは捉えどころのない人
蝶を追うように
ひらひら ひらひら
視線をさまよわせ
ひとところには落ち着かない
手を差し伸べて
誘うけれど
あなたはけっしてなびかない
いつまでも 宙を舞う
揺るがない 自由の美学
あなたが目指すもの
わたしが見据えるもの
永遠に交わらない
この視線の先に
#視線の先には