Sweet Rain

Open App
11/19/2022, 3:52:29 PM

 ――ギィ。

 ひどく甘美な香りに誘われて
 寝ぼけ眼を擦りながら木製の苔むした扉を開いた。



 “決して真夜中に魔女の森へ足を踏み入れてはならない”
 “命知らずな者さえ恐れおののく魔境の地”

 そんな古くから伝わる村の禁忌を破り、
 森を散策していた僕は 濃霧に惑わされここまで来た。


 暗赤色に鈍く光る月に照らされながら
 鬱蒼と生い茂る草木を掻き分けて見つけた一軒の小屋。

 建物を目視すると同時に 僕の意識を奪ったのは
 泥臭い森に似つかわしくない、甘い甘い香り。

 
 ギィ、と大きく木が軋む音をたてながら
 おそるおそる 小虫が這う苔むした扉を開けた。

 扉の向こう側 僕の視界いっぱいに広がるのは
 無数の炎揺らめくキャンドル。

 それぞれの魅惑的な香りを振りまき、
 個性を殺し合いながら 混じり濃度を増すアロマは
 眩暈がするほどに美しく 鼻腔を魅了する。


 酔い潰れたように 埃っぽい床に倒れ込んだ僕は
 微睡み そして深い眠りへ落ちていった。

 
 ――――ギィ。


  2022/11/19【キャンドル】

9/18/2022, 3:51:25 PM

 何にも変えがたい、この美しき夜景。

 眩(まばゆ)い光は くすんだ星空すらも照らし
 限りなく深い闇に唯一無二の存在感を誇っている。


 僕は幼い頃 この夜景に一目惚れした。

 父さんや周りの大人たちは
 そんな僕を「無神経で非常識だ」と叱った。


 「あれは我々にとって、負の遺産なんだよ」
 「どんどん環境も治安も悪くなっているらしいし」
 
 どんなに僕を叱ったって、諭そうとしたって
 長年抱いてきた憧れが そう簡単に消えることはない。


 美しいことに変わりはないんだ。
 それにどんな代償が払われていたとしても。


 今夜も僕は宇宙(そら)を見上げて青い球体を探す。

 ……見つけた、やっぱり綺麗だな。

  ――地球。



  2022/09/19【夜景】

9/10/2022, 10:28:09 AM

 「貴方からの愛情が、足りないの!!」

 ――そう激昂して、彼女は闇に消えた。


 僕は安堵した。

 湿った土が爪に詰まっていることも忘れて
 解放感が稲妻のように走り抜ける。

 生ぬるい夜風に揺れる木々。

 月は僕に顔を向けず、
 何も見ていないと言わんばかりに雲隠れしていた。



 喪失感などあろうものか。
 翌朝コーヒーを啜りながら会心の笑みを浮かべる。


 [――続いてのニュースです。]

 [山林にて、身元不明の女性と思われる――]



  2022/09/10【喪失感】

9/2/2022, 10:27:54 AM

 心にはどうやら
 体と別の《寿命》があるらしい。

 《寿命》は人それぞれで
 決して長持ちすることだけが幸せとは言えなくて
 いつも温かな火が灯っているとは限らない。

 いとも容易く消えてしまう火がある。
 たくましく燃え続ける炎もある。

 体の《寿命》とは違って
 心の魂は何度でも生死を繰り返す。

 誰かの心を殺し続けることは可能で
 誰かの心に小さな火を分け与えることも可能で

 くるりと裏を返せば

  ――火の用心。


   2022/09/02【心の灯火】

9/1/2022, 12:36:58 PM

 ――あれ、おかしいな。

 ふとLINEを開くと、一番上に《俺》とのトークが。


 誰か名前とアイコンを変えたのか?
 でも、俺と全く同じプロフにするなんて気色が悪い。

 さらに奇妙なことに、
 名前の下にある最後のトークの表示もない。

 吸い込まれるようにして《俺》の名前に指が伸びる――

 [《俺》が写真を送信しました]
 [《俺》が写真を送信しました]
 [《俺》が写真を送信しました]

 ピコピコと鳴り止まない無機質な通知音。

 指が震える。
 指先と電子画面、興味と恐怖の、あと数ミリの葛藤。

 ――ピコン。

 [《俺》が写真を送信しました]


  2022/09/01【開けないLINE】

Next