サチョッチ

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6/19/2023, 2:03:42 PM

雨の日は決まって傘を忘れてくる君
それがわざとだったと気づいた頃
あの日まで二人分埋まってたはずの傘下は
片方欠けたきりずっと空きっぱなし
窮屈だったビニールの屋根が
こんなにも大きかっだろうかと気づいた
いつも見慣れたはずの帰り道
雨音がやけに耳に残る


#相合傘

6/18/2023, 1:57:13 PM

景色が水彩絵の具のように滲み、霞んで入り交じる。体表の産毛が、細胞の一つ一つが泡立ち、宙に吸われる。自我が虚無に還元される。肉体が霧散する。風を切って魂と肉体がズレる。衝撃とともに魂が弾き出される。意識ごと痛みは吹き飛ぶ。

#落下

6/17/2023, 10:17:38 AM

小さい頃から自分の想像する未来は悲惨なものだった。幸せから転落して社会的にも精神的にも追い詰められて存在を危ぶまれる景色ばかりが浮かんだ。私の人生の幕引きとして一番に思い浮かぶのは「自殺」だった。自分が社会の一部として満足に機能できている姿など全く浮かばなかった。それどころか社会に存在している自分自身の姿すら想像できなかった。いずれ生きたまま空気に霧散するように消えてしまうような気がしていた。いつも崖に向かって進んでいるようだ。

6/16/2023, 12:07:19 PM

一年前の君は素朴で従順な人だった。幾らかの野心を抱えてはいれど、それはまだ私の理解に及ぶものだった。世界は平等で、この世を作るのは政治家ではなく神様で、人同士の営みが最も美しいものであると、心から信じて病まない純粋な人のはずだった。

それがたった一年でどうなったか。今や君は愛する者にうつつを抜かし、底しれぬ財欲に身を焦がし、数々の大作のことごとくを先人や同業者を嗤うために生み出す。私が言葉に出来ないまっさらな感情で惹きつけられた君はどこへ行ったのか。

伴侶の手の上にいないと満足に歩けもしないくせに、私よりずっと足場が高いのである。

6/15/2023, 1:00:25 PM

「最近変な夢ばっかり見るのよね。」
そう言う彼女の好きな本は心理学だったか。いつも鞄に忍ばせては事あるごとに読んでいる愛読書らしい。大学を出て以来暫く会っていなかったけど、相変わらず本の好みは変わっていない。
「フロイトのお墨付きなんだっけ?あんたの絵。」
誰かが話す声を遠くから聞いている。かつて自分の全てだった彼女は、私の馴染みのない人達に囲まれて得意そうにしている。生涯のパートナーとも出会って絵描きの商売が右肩上がりらしい。彼女のキャンバスの表面にはいつも幾何学やら無機物やらが殺風景な景色に溶け込んでいる。正直私には彼女の絵は分からない。おまけに描いた本人ですら素直に分からないなどと言うのだからお手上げである。そんな彼女の絵はかの心理学者フロイトから直々に認められたらしい。なんでも「私の唱えた世界を一番忠実に表している作品」なのだそうだ。
「そいえば、最近好きな本が増えたの!」
言いながら彼女が取り出したのは厚めの写真集だった。表紙を飾っているのはあろうことか彼女自身である。
「ついこの前出版されたばっかり、出来たてほやほやの天才のプロマイド!ほんとは一冊5000円するんだけど、あんたはいつもお世話になってるから特別にタダであげるね!」
彼女を写す本が増えるたび、彼女は可愛げを失っていく。

私はそれを、自分の世界に没頭することで忘れるしかなかった。

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