サチョッチ

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「最近変な夢ばっかり見るのよね。」
そう言う彼女の好きな本は心理学だったか。いつも鞄に忍ばせては事あるごとに読んでいる愛読書らしい。大学を出て以来暫く会っていなかったけど、相変わらず本の好みは変わっていない。
「フロイトのお墨付きなんだっけ?あんたの絵。」
誰かが話す声を遠くから聞いている。かつて自分の全てだった彼女は、私の馴染みのない人達に囲まれて得意そうにしている。生涯のパートナーとも出会って絵描きの商売が右肩上がりらしい。彼女のキャンバスの表面にはいつも幾何学やら無機物やらが殺風景な景色に溶け込んでいる。正直私には彼女の絵は分からない。おまけに描いた本人ですら素直に分からないなどと言うのだからお手上げである。そんな彼女の絵はかの心理学者フロイトから直々に認められたらしい。なんでも「私の唱えた世界を一番忠実に表している作品」なのだそうだ。
「そいえば、最近好きな本が増えたの!」
言いながら彼女が取り出したのは厚めの写真集だった。表紙を飾っているのはあろうことか彼女自身である。
「ついこの前出版されたばっかり、出来たてほやほやの天才のプロマイド!ほんとは一冊5000円するんだけど、あんたはいつもお世話になってるから特別にタダであげるね!」
彼女を写す本が増えるたび、彼女は可愛げを失っていく。

私はそれを、自分の世界に没頭することで忘れるしかなかった。

6/15/2023, 1:00:25 PM