狭い部屋だけが心の拠り所
誰からの声も聞こえない
視線も感じない
確実に自分一人だけと実感し
自分だけの場所として信用できる空間
だだっ広い世界なんていらない
全てがことごとく障害になったら
もう出られない
失う恋なんてない
そもそもないもの
非リア
正直な心はいつだって嫌われものだ
都合の良い作り物ほど誰にでも売れる
人生は見世物小屋
四六時中、空は蛇口が開きっぱなしのようだ
あっちはどれだけ水を垂れ流そうが電気を垂れ流そうが一銭もかからないから羨ましい
#梅雨
蛍が飛び交う真夜中。彼女は音もなく現れて僕の前に佇む。銀に光る蓑のような長髪をなびかせ、トカゲのようなぬらぬらした緑色の服を纏っている。白い磁器のような肌。その顔は瞬き一つしない。無表情のまま僕を見つめ、彼女は口を開く。
「…今宵は、いつもより気温が高い。ここ最近雨続きだったけど、ようやく蛍が飛べるくらいの天気まで回復してくれて有り難い。」
天気の話なんてどうだっていいんだ。僕が話したいことは君自身、君の過去についてだ。
「あ、あのさ…」
僕は唐突に口を開いた。彼女の刺すような視線が僕を貫く。拳を握り、ゴクリと喉が鳴る。一瞬の躊躇いを挟んで覚悟を決めた。
「その……聞きたいことがあるんだけどさ………」
辿々しい口調で僕は語る。彼女の冷たい視線が痛む。
「君は一体、何者なんだ?」
途端、彼女の顔が強ばる。湖の底のような瞳を見開いて、驚きと同時にどこか敵視するような色が顔に浮かぶ。僕は構わず続けた。
「初めて会ったときから、ずっと気になってたんだ。なんで君はいつも、夜にしか姿を見せてくれないのか。なんでいつも人目を忍ぶようなことばかりしているのか。どうして君が帰ってくるたびに、名のある人の訃報が届くのか……。ずっと気になってたんだけど、怖くてなかなか言い出せなかった。でもやっぱり、いつまでも分からないままでいるのは嫌だと思って……それで今日、思い切って聞いてみることにしたんだ。本当の君のことをこれで知ることが出来たら、その…僕にも何か出来ることがあるんじゃないかと思って――」
「やめて。」
彼女の声が鋭く遮った。
「それ以上踏み込むつもりなら、もう二度と会わないで。」
冷たくそう言い放つと、彼女は身を翻して夜闇の中へ消えていった。慌てて立ち上がり、咄嗟に追いかけようと闇へ駆け寄る。既に彼女の姿はなく、代わりに行く手を拒むように蛍の光が怪しく漂う。必死に彼女の姿を捉えようと身を乗り出すが、無意味だった。
それ以来、彼女は僕の生活範囲から完全に消えてしまった。彼女自身の一切のことも何も分からないまま、僕は、彼女という人を忘れて生きるよう努めざるを得なかった。