サチョッチ

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 蛍が飛び交う真夜中。彼女は音もなく現れて僕の前に佇む。銀に光る蓑のような長髪をなびかせ、トカゲのようなぬらぬらした緑色の服を纏っている。白い磁器のような肌。その顔は瞬き一つしない。無表情のまま僕を見つめ、彼女は口を開く。
「…今宵は、いつもより気温が高い。ここ最近雨続きだったけど、ようやく蛍が飛べるくらいの天気まで回復してくれて有り難い。」
天気の話なんてどうだっていいんだ。僕が話したいことは君自身、君の過去についてだ。
「あ、あのさ…」
僕は唐突に口を開いた。彼女の刺すような視線が僕を貫く。拳を握り、ゴクリと喉が鳴る。一瞬の躊躇いを挟んで覚悟を決めた。
「その……聞きたいことがあるんだけどさ………」
辿々しい口調で僕は語る。彼女の冷たい視線が痛む。
「君は一体、何者なんだ?」
途端、彼女の顔が強ばる。湖の底のような瞳を見開いて、驚きと同時にどこか敵視するような色が顔に浮かぶ。僕は構わず続けた。
「初めて会ったときから、ずっと気になってたんだ。なんで君はいつも、夜にしか姿を見せてくれないのか。なんでいつも人目を忍ぶようなことばかりしているのか。どうして君が帰ってくるたびに、名のある人の訃報が届くのか……。ずっと気になってたんだけど、怖くてなかなか言い出せなかった。でもやっぱり、いつまでも分からないままでいるのは嫌だと思って……それで今日、思い切って聞いてみることにしたんだ。本当の君のことをこれで知ることが出来たら、その…僕にも何か出来ることがあるんじゃないかと思って――」
「やめて。」
彼女の声が鋭く遮った。
「それ以上踏み込むつもりなら、もう二度と会わないで。」
冷たくそう言い放つと、彼女は身を翻して夜闇の中へ消えていった。慌てて立ち上がり、咄嗟に追いかけようと闇へ駆け寄る。既に彼女の姿はなく、代わりに行く手を拒むように蛍の光が怪しく漂う。必死に彼女の姿を捉えようと身を乗り出すが、無意味だった。

それ以来、彼女は僕の生活範囲から完全に消えてしまった。彼女自身の一切のことも何も分からないまま、僕は、彼女という人を忘れて生きるよう努めざるを得なかった。

5/31/2023, 1:12:49 PM