溢れる星

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4/20/2023, 3:59:26 PM

何も要らなかった
この手に掴むものは全て過去の産物で
手にした時点で価値がなくなってしまう
それでも手を伸ばす
それはきっと
何も掴まない為に

3/15/2023, 11:34:52 AM

満点の星空の下で僕と彼女は見上げていた。
「流れ星」
彼女はそんな言葉を漏らす。
「何かお願い事でもしたら?」
そんな僕の問いに彼女は呆れたようにため息を漏らす。
「どうして流れ星に未来を願うのか、私にはそれが分かりません」
「願掛けとかじゃないのかな」
「だとしてもです。星の光は過去の残照に過ぎないのに、それに未来を願うのですか? 過去に未来を願うって事自体が矛盾です」
確かにと頷いてしまいそうになるのを堪え、取り繕うように言葉を絞り出す。
「綺麗な物を見たら人は何かを祈りたくなるんだよ…きっと」
「それは無知ですね、いえ思考の放棄とでも言いましょうか、流れ星など星が燃え尽きる最中です、人に例えるなら葬式で手を合わせて幸せになれますように、と願うようなものです」
今日の彼女は機嫌が悪いらしい。
「大体ですね、私は流れ星が流れ切る間に願い事を三回だなんて、そんな迷信がこの世で一番嫌いなんです。知っていますか? 流れ星は0.5秒程で消えるんですよ? 三回なんて時間を止めない限り無理なんですよ」
「何かあったの?」
「自分の胸に聞いてください」
どうやら機嫌を損ねたのは僕らしい。
「何か僕が忘れているならごめん」
「忘れている事に対して怒っているのではなく、忘れられた自分自身に怒っているのです」
「それって僕の胸に聞いてもわからないヤツだね」
「そんな事は…ありませんよ」
彼女は視線を宙に向けたまま、僕の手を握った。
「貴方が気づかないから…私はこうして怒ってるんです。いえ、憤っているという表現が正しいかもしれません」
「僕にはその二つの違いが分からないよ」
「そうですか、そうですよね。でも…これだけは言わせてください」
彼女が手から不安が伝わる。
「過去があるから未来を連想出来るのです、だから…その、過程が重要なのであって、未来がどうなろうとそれは過去の積み重ねから導き出された結果であって…えーと」
「大丈夫、ちゃんと聞くから」
彼女は視線を僕に向けて、手を握る力を強くする。
「貴方が好き…なんです」
満点の星空の下、溢れたのは彼女の気持ちだった。

3/14/2023, 11:27:28 AM

その瞳は僕の事など見ていなかったのだろう。
彼女はその瞳に何も写はしないというのに、澄んだ瞳にはいつも情けない僕が映されていた。
何も無い病室に僕と彼女だけが会話をするでもなく、ただ二人で同じ時間を過ごしていた。
「もしも、見れるとしたら…何が見たい?」
僕はその問いをして、残酷な事を言ってしまったと後悔した。
それを嘲笑うように彼女は笑う。
「そうね…もしも見れるなら雪が見たいわ」
生まれてから雪が降ること自体が珍しいこの場所で、降っても誰も喜ばないこの街で、彼女は雪が見たいと言った。
その答えにどれ程の意味が含まれていたのか、僕は聞くこともせずに話を終わらせる。
僕は臆病だった。
冬が終わり春が近づくこの時期に、半年も彼女は生きられないと知っていたから。

季節が巡り、春となり彼女はもう起き上がる事も出来なくなった。
そんな君に僕は、
「何か行きたいところは無い?」
そんな問いを出してしまう。
彼女は相も変わらず笑い、少し呼吸を整えた。
「雪が見たいわ」
これはかつての問いの続きなのだろう。
僕は彼女を車椅子に乗せて病院を出た。
「風が強いわね」
「寒い?」
「いいえ、気持ちいいわ」
弾まない会話をしながら、中庭まで行くと彼女は「ここでいいわ」とだけ言って無言の数分が続いた。
風が吹き、花弁が舞う。
舞った花弁はゆらゆらと落ち、彼女の頬を撫でた。
「ねぇ、これは何?」
彼女の手には桜の花弁が乗っている。
僕は少し悩んでこう答えた。
「雪だよ」
彼女は微笑んで、真っ直ぐに僕を見つめる。
「そうなのね、雪ってこんなにも暖かいのね」
彼女の澄んだ瞳には、酷く情けない僕が写っていた。