溢れる星

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その瞳は僕の事など見ていなかったのだろう。
彼女はその瞳に何も写はしないというのに、澄んだ瞳にはいつも情けない僕が映されていた。
何も無い病室に僕と彼女だけが会話をするでもなく、ただ二人で同じ時間を過ごしていた。
「もしも、見れるとしたら…何が見たい?」
僕はその問いをして、残酷な事を言ってしまったと後悔した。
それを嘲笑うように彼女は笑う。
「そうね…もしも見れるなら雪が見たいわ」
生まれてから雪が降ること自体が珍しいこの場所で、降っても誰も喜ばないこの街で、彼女は雪が見たいと言った。
その答えにどれ程の意味が含まれていたのか、僕は聞くこともせずに話を終わらせる。
僕は臆病だった。
冬が終わり春が近づくこの時期に、半年も彼女は生きられないと知っていたから。

季節が巡り、春となり彼女はもう起き上がる事も出来なくなった。
そんな君に僕は、
「何か行きたいところは無い?」
そんな問いを出してしまう。
彼女は相も変わらず笑い、少し呼吸を整えた。
「雪が見たいわ」
これはかつての問いの続きなのだろう。
僕は彼女を車椅子に乗せて病院を出た。
「風が強いわね」
「寒い?」
「いいえ、気持ちいいわ」
弾まない会話をしながら、中庭まで行くと彼女は「ここでいいわ」とだけ言って無言の数分が続いた。
風が吹き、花弁が舞う。
舞った花弁はゆらゆらと落ち、彼女の頬を撫でた。
「ねぇ、これは何?」
彼女の手には桜の花弁が乗っている。
僕は少し悩んでこう答えた。
「雪だよ」
彼女は微笑んで、真っ直ぐに僕を見つめる。
「そうなのね、雪ってこんなにも暖かいのね」
彼女の澄んだ瞳には、酷く情けない僕が写っていた。

3/14/2023, 11:27:28 AM