「君の事が大切だよ」
「大事な友達だよ」
「いつもよく頑張ってるね」
裏返す。
『…って、言っておけば満足でしょ?』
『失敗ばかりするから尻拭い大変なんだよね。マジやめて欲しい』
『私の方が頑張ってるけど、他人に頑張ってるって言ってあげられる私、優しいなぁ』
裏返す。
「君の事が大切だよ」
「大事な友達だよ」
「いつもよく頑張ってるね」
嫌だ。もう嫌だ。
裏返す力が身に付き過ぎて、人の言葉全てに裏を感じる。
そうでないかもしれない言葉にも、裏を感じて、涙を流す。
「如何したの?」
「話なら聞くよ」
「自分の中でストレス溜め込み過ぎないでね」
裏返す。
『何で良い歳して泣いてるの?』
『どうせくだらない話だろうけど』
『お前の構ってに付き合ってるこっちの方がストレス溜まるんだけどねえ』
聞こえる。聞こえるんだ。怖い。怖い。
この裏返す力は、きっと生涯付き合わなきゃいけない力で。だから私は、一生恐怖に怯えて生きていかなきゃいけなくて。
嗚呼、なんて残酷な世界なんだろう。
世界に絶望していたある日、クラスメイトの男子が、放課後の、2人しかいない教室で、私を呼び止めた。
「俺と付き合ってください!」
裏返す。
『言っちゃった…!告白しちゃった…!!』
好き、って言葉、信用出来ないの。それでも良い?そう言うと、彼は優しく微笑んで、どうしてそれで萎えると思ったの?って返した。
……好き、なんて。
裏返す、なんてしず、縋ってみようと思った。
彼が差し出した手を掴むと、彼は嬉しそうに笑った。
数十年後。
「見て。懐かしいね、結婚式の写真だよ」
裏返す。
『やっぱり、好きだなぁ。可愛いなぁ』
裏返す。
「私もね、好きだよ」
「逃避行をしよう」
君はそう言った。
望まれず生まれた子供達。仲間達。
最後に残った俺と君も、苦しかった。
2人で隣の国へ逃げよう、と決めた。
こんな冷たい国じゃない、明るい国へ。
鞄には、ありったけの、2人だけの思い出の品物を詰めて、
半年前始めた、2人の逃避行。
望まれず生まれた俺達だから、望んで生きた唯一の時間は楽しかった。生きてる、って思えた。
俺達は幸せだった。
それも一瞬で、儚く崩れ去った。
君は地獄に生きていたのに、誰よりも優しい人間だった。
だからきっと、終わらせたかったのだろう。
空腹に力尽きそうな俺に差し出された、食べ物。
虚ろな焦点の定まらない目で、それを咄嗟に掴んで食べた。
君の心で、君の命だった筈なのに、いや、だからこそ、食べてしまった。
そして着いた。隣の国へ。
君が忽然と居なくなった後、我武者羅に逃避行を続けて、漸く辿り着いた。
俺は臆病だったから、君のいない人生を最期まで生き続けるなんて、出来やしなかった。
本当は、君の希望に魅せられた人は沢山いたんだ。今、仲間達と、崖で想い出を語っている。
俺は、逃避行を終わりにする。君との追いかけっこも、終わりにする。昔、仲間達と遊んで、決着のつかなかった追いかけっこ。
「さあ、飛び立とう。全ては、鳥のように」