具代いずこ

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5/12/2024, 6:45:55 PM

利用二日目にして「子供のままで」というお題が届いた。
周囲の子供たちを見てみると、庭で遊んでいたり、自転車を走らせてどこかに出掛けていたりする。
これらの様子は、普段の移動手段が徒歩である自身の観察からであった。
子供を観察していくうちにわかったことは、子供は遊ぶことが好きなのではないかと思う。
これを読んだ人は、転げる気持ちになったかもしれないが、あくまでも個人の率直な意見である。
しかし、この子たちが大人になったらどうだろう。いま遊んでいる仲間たちと遊ぶことはできるだろうか。
出生のスタート地点はみんな同じであるが、生きていく以上、ルートが枝分かれしていくのは避けられない。
そこで出会ったのが、いま遊んでいる仲間たちだと思う。とはいっても、これもいじわるな道のりであり、仲間はいずれ進学や就職、結婚などにより、離れてしまう場合もある。
それでも、私から言わせてほしいのが、子供のまま「遊ぶ」ということを忘れないでほしい。仲間が変わっていても、いなくても、大人たちに「遊んでほしい」と呼び掛けたい。
「遊ぶ」ということは「子供」に還ること。「子供」に還ることは大人になってみれば大事なものであり、尚且つ心に子供が住んでいる。そんな気持ちで、たまには息抜きをしてほしい。
忙しいから遊べないというのであれば、そこに遊び心を足せばいい。日常にプラスチャイルドがいることで、きっと毎日が楽しく、子供に戻ったような気持ちになれるはずだ。
子供のままではいられなくても、遊ぶことできっと得られるものがあると私は信じている。
だからこそ、大人こそ子供のままであってほしいのだ。
余談だが、私は仲間と遊ぶよりも一人で遊ぶことが好きで、どちらかというと内向的な性格かもしれない。しかし三十代になった頃から、人との繋がりがとても貴重な糸に思えてきた。なので人とすれ違ったら、誰に対してもまず挨拶を心掛けている。
すると、知り合いなのか変質者なのか区別ができないおじさんが一人出てきた。笑い話であってほしいことを願う。

5/11/2024, 7:48:27 PM

お題「愛をさけぶ」と聞いて、まず思い浮かんだのは、ある書籍だった。
それは、通称「セカチュー」とよばれた「世界の中心で愛をさけぶ」である。
作者名は忘れてしまったが、その一方で発売当時を思い出すことはできる。
テレビなどのメディアで大きく取り上げられ、ついにはドラマ・映画共に映像化し、大ヒットとなった。
これは大きく矛盾したことを書いてしまうのだが、私は本が好きではあるものの「この手」の作品はページすらめくったことがない。もちろん、ドラマも映画も観ていない。これでは「ジコチュー」だ。
ただ唯一「セカチュー」に触れたものがあった。それはサウンドトラックのCD(めいなCc.)だ。
映画を観ていなくても、音から見える世界はとても美しく、悲しさを覚えさせられる。
「映画を観ずにサウンドトラックを買うなんて、順序が違う」と内側から聞こえるが、私はこれでいいとはっきり言える。それぐらい、私は音楽に愛をそそいでいる。
「セカチュー」の中で愛をさけぶことは、女性に対しての愛だったのかもしれない。けれども、愛をさけぶのは果たして恋愛だけだろうか。他にも愛の対象となるものはいくらでも道端にある小石のように転がっているのではないだろうか。
私はその小石が音楽であり、現在でも新しい小石を見つけては拾い、愛を増やしている。そのコレクションが楽しく、愛おしくて仕方ないのだ。
話は変わるが、きのう録画で「アカデミー賞」を受賞した映画「卒業」を深夜に観た。これもまた事前にサウンドトラックを購入したからである。先述とは異なるが、観るきっかけとなったのはこれも音楽であり、最近のマイブーム「サイモン&ガーファンクル」が主題歌を担当していたからだ。
おそらく、自分と同じく30代の人に「サイモン&ガーファンクル」にしても「サウンドトラック」にしても、興味がある人はごく一部かもしれない。
けれども、私はそこで大きく叫びたい。「音楽が好きだ」
だが、ここで大事にするべきことは個々の愛は異なって当然であること。これに限る。
あなたはどんな愛を拾い集めて、声を出しますか?