そのチャイムは時を告げる。
いや別に深い意味は無くて。学校の鐘ってこと。何時から何時間目が始まるよとか。本当に深い意味はない。
現代を生きていると忘れがちだけど、時間というものは本当に便利だ。どのくらい勉強するか、ゲームするかを区切られる。だから、時を告げる鐘というのは、時計を持っていけない僕にとって、大切。「ピーンポーンパーンポーン」という間抜けな音は、安堵も、緊張も届けてくれる。時間って、偉大。それを告げる鐘も偉大。それを有効に使っている僕らだって、偉大。うぅん、有効に、使っているかなぁ。
いくら便利なものがあったって、使いこなせないと、意味がない。もっと、「時」に感謝して、有効な活用法を見出さないと。
そういや、最近は海に行ってないなあ。貝殻拾い、昔はよくやっていたんだけど。砂場にも貝殻があったから、近くの公園にも行って……
貝殻なんてものに、もう何年も触れていない。あの公園にも、引っ越してからは行っていない。結局、貝殻だって僕にとっては思い出にしかならない。ここらへんでは凄くデカい公園と、砂浜が近くにある。観光客だって来るような。幸い、環境にも恵まれている訳だし、高校に入ったら、寄ってみるのも、アリかも。
夏も終わったし、貝殻拾いは来年に持ち越し。ただ、連日、真夏日なので、まだ熱中症に気をつけて2学期も、頑張ろう。
きらめく――美しくきらきらと光り輝く。
きらめき――光り輝くこと。きらきらと輝くこと。
「きらめく」だと動詞になるが、「きらめき」だと名詞になるということか。
きらめきと輝きの違いはなんだろう。きらめきとは、輝くことではないのか。新しく、「きらめき」という言葉を作った意図とは。これは、柔らかい印象にする為ではないか。平仮名で書くことによって、、、「煌めき」――漢字がありました。
ただ、「輝き」と「煌めき」を並べると、後者の方が美しく感じる(あくまで個人の感想です)。それなのに、煌めきという言葉を普段あまり使わない。輝きの方が一般的によく使われるのではないか(そんなデータは一つもないが)。
要するに、文学的な表現ってこと。人が直感的にこの言葉を使いたいと思ってしまう。そんな美しさが、この言葉にはある。なんか、良いよね。
些細なことでも、相談してほしいな。そんな言葉に救われた人は、いくらいるだろう。ただ、僕は、悩んでしまう。些細なことって、どのくらい?逆に、大き過ぎる相談はしちゃダメ?
僕は、「些細なこと」の定義を知りたがってしまうのだ。この言葉の真意にも気づかず。どんなことでも良い、少しだけ、ほんの少しだけ、貴方の荷を負わせて欲しい。そんなメッセージが込められている筈なのに。僕は言葉の奥底に隠されている、伝えたいことを汲み取れない。だから、駄目なのだ。自己嫌悪に陥ってしまう。「些細なこと」で良い。それだけでも、貴方の人生に携わりたい。
深く考えなくて良い。些細なことで良いなら、どんなことでも、相談すればいいのだ。相手は、貴方に頼られたいから。そして、救われればいいのだ。
大乱闘スマッシュブラザーズSPECIALでは、灯火の星というテーマが掲げられている。これは、スマブラの開発者が星のカービィの開発にも携わっていることから、「星のカービィ」逆から読んだら、「ビーカの星」になることから、「灯(ビ)火(カ)の星」にかけているのでは?と言われていたが、本人は否定している。
最初にどうでもいい豆知識を長々と披露してしまったが、要するに、勘違いして出しゃばるなということである。
ただ、心の灯火を信じることは悪いことではない(それで他人が傷つくということでなければ)。それは自信に通じる。
()内でも書いたが、その灯火を信じることで、他人や自分が傷つくなら、信じない方が良い。
要するに、、、出しゃばるな!