「…外に行ってみたいんです」
白の箱のなか、目を離すとふと消えてしまいそうな少年はきゅっと小さな手で真っ白なシーツを握りしめた。
あまりにも単純なその願いに、胸を突かれる。
あまりにも単純。それはボクらにとっての基準から見た判断にすぎなくて。
この少年にとっては夢のまた夢なのだと。
白き少年は窓の外の夕焼けを切なげに見つめ、やがて視線を落とした。
「なんで僕は生まれてきたんだろうって、たまに思うんです。窓の外の世界を、こうして見ていると」
それはステージの上の演劇を客席に座って、ただ眺めることしかできない、そんな感覚に近いだろうか。
考えてみる。下校中だろうか、今この時間にも外からの子どもの声がここまで届いてくる。ここには、この世界の内側の声しか届かない。
世界に拒絶されているみたいだ。
世界の内側に入れないこの場所に、彼はずっといるのだ。
ボクはなにか言おうと、口を開きかける。でも、言葉は紡いでこなかった。
なにか、とはなんだ。
ボクはなにを言おうとしたの?
言葉が呼吸が詰まっているうちに、夕焼けが入ってきていた茜色の白の箱は、気づくとベールをかぶせたように昏く落とされていた。
「皆、生きることが正しいといわんばかりの口調なんです。じゃあ死んでいるように生きているのって正しいの?生きていることの証明をなにひとつしてないのに。僕はほぼ死んでいるのに。…こんななら死んだほうがましじゃないですか」
必死に探していた。
彼にかける言葉を。
彼が心のどこかで探している生きている意味を見つける支えになれるような言葉を。
視線を窓の外の暗い世界に投げた彼が、ふと消えてしまいそうで、とっさに踏み入れていた一歩。
向こうを向いていた彼は、触れた体温にちいさく反応する。握った片手は思っていたより冷たくなく、彼がここにいることを証明しているようだった。
驚いて固まっている彼の片手をそっと両手で包み込む。
こうしよう、と意識したわけではなく、なにもわからないまま身体がこころが動いていた。
ようやくこっちを見た彼は、綺麗な色素の薄い瞳を震わせていた。
「っ、…、あれ、なんで…っ、」
音もなく静かに白いシーツに吸い込まれていった透明な涙。
せきをきったように滑り落ちる涙を拭おうと必死になる彼に、すとん、と腑に落ちたことがあった。
ああ、そうか。言葉なんて二の次だったのか。これだけでよかった。そっと手を握ってあげるだけで。
それだけで氷色の心臓は溶かせてしまう。
少し迷って、彼の頭を引き寄せて、ぽすん、と頭を預けさせる。しばらくすると、押し殺したような泣き声の彼がふるふると震えはじめた。
「…なんで、なんで僕なの…っ、なんで…っ」
声を押し殺したまま声を上げる少年の背中を、暗く染め上げられた白の箱が白み始めるまで、優しくとんとん、とさすっていた。
まだ見ぬ景色 #164
いま夢が見られないから、あの夢のつづき、なんだろうな。
もうとっくにそんなの諦めてるよ。あの夢のつづきなんて。
なんかもうぜんぶしんどい。
明るい小説書くのも暗い小説書くのも胃が逆さまになっていくみたいな気持ち悪さに襲われる。
なのに今書くのをやめれないのは、なんで。
なにもしたくないのに、意味のない呼吸やめたいのに、小説を書きたくてしょうがない。なのに書けないからもうわけわかんないんだよ。私はどうしたいの。
でもこれだけはわかる。
今苦しんでるのは、小説を書いているせいで。私が今生きてる理由も、小説を書いているせいだって。
小説がなかったらとっくにここにいないし、こうして苦しんでもいない。
どっちがよかったんだよ、もう。
なにいいたんだよ、私。
書くことだけがってわけじゃないのかも。ぜんぶもうどうでもよくなってる気がする。
あたたかいって、なに
電気アンカーでなんとかあっためてるよ、どうしたって冷たい毛布
ほろほろほろほろ
君の瞳から零れ落ちた大粒の涙。
からからからから
次々と生み出される星のかけら。
星のかけらを纏った儚げな君が、どうしようもなく愛おしくて。
ちいさく震える君にそっとキスを落とした。
星のかけら #163
「……あ、」
ざあざあと重たい雨音が遠くから連れられてくる。
雨の放課後の昇降口は、遅い時間帯ということもあって、人の気配が少なかった。
ぴちゃん、と音がして前髪に降ってきた小さな衝撃。雨粒はそのまま前髪を伝って静かに地面に吸い込まれていく。
雨の世界に一歩踏み入れようとしていた俺は、慌てて
その一歩を戻す。…雨、降ってたんだ。今になるまで全然気づかなかった。
「…傘、持ってきてないや」
嘲笑するようにため息を落として、濡れた前髪に触れてみる。冷たくはなかった。たぶん手が冷たくなりすぎて、温度の感覚がバグっているのだろう。
…ほんと今日うまくいかない。
今日の出来事を思い出して、視界がしおしおと俯いていく。…そういえば今日、先輩に会えてないや。
今度は諦めたようにため息をついて、雨の世界に一歩踏み入れる。あーあ…、ほんと、さいあく。
「ちょ、みことくん、風邪引くよ」
「―――み"ゃっ!?」
後ろからくいっと優しく肩を引かれて、自分でもびっくりするような声が漏れた。
ばっと口を覆うけど、時すでに遅し。そろそろと振り返ると、驚いたように静止している先輩がそこにいた。
「…えっと、ごめん。驚かせるつもりはなかったんだけど…」
「わ、わわわわわ…!!忘れて、忘れてくださいっ、お願いですから…っ」
顔がかぁーっと熱を持っていくのが自分でも分かって、必死になってわーわー言っていると、先輩がふっと笑った。
「ふ、ははっ、猫みたい。なかなか出ないでしょ、みゃって、ふ、あはは」
―――…あ、はじめて。
はじめてだ。こんなに先輩が笑うの。
本心なのか分からない笑顔じゃなくて、無邪気にくすくす笑う先輩に否応なく心の臓が脈を吐いた。
「って、そんな笑うことですか…っ?」
真っ赤な顔で先輩をぽかぽか叩くと、先輩は笑い声に吐息を混じらせて目元の涙を拭った。
「ごめんごめん。それより、みことくん傘ないの?入ってく?」
「はい忘れちゃって―――…うえ…!?」
“は、入ってく”…!?
思わずばっと反応してしまうと、先輩はまたまたくすくすと笑った。
「みことくんは反応が面白いね」
「っ、だって、相合傘…なりますよ…いいんですか…」
「なりますよ、って。いいよ、そのつもりで誘ったんだから」
君と一緒に 追い風 #162
(投稿したと思ってたのにぃ…、もう一度全部かきかきするのだるいので、空き時間にちょくちょく更新していこうかなと)