『せんぱい、』
電話ごしの声がさびしそうに震えていたから。
「どーした」
『っ、え、あっ、...あ、れ、繋がっちゃってる...?』
「...そっちがかけてきたんだろーが」
『わ、わっ、ごめんなさ、誤タップしちゃったみたいで...っ』
わたわたしている姿が容易に想像できて、軽く笑い声が漏れる。
惰性で机に向かって勉強していたが、勉強時間を記録していたストップウォッチを止めて、椅子の背もたれに背中を預ける。
窓の外はすでに暗くなり、時計は11時を超えていた。
集中力というものはこの電話でとうに切れてしまった。
「ちょっと今話せる? 伊吹の声、もうすこし聴いていたい」
『っ、も、もちろんです...っ』
「ふはは、やけに食いぎみな。かわいい」
『っ、...』
冬休みになってあまり会えなくなっていたことが原因だろうか。自分の声が弾んでいるのが自分でもわかった。
『じ、実は、先輩の声、聴きたくて...それで電話しちゃったんです、たぶん』
「たぶんなんだ」
『は、はずかしいので、たぶんです』
「ふは、素直」
持て余した右手がシャーペンでペンまわしを始める。
ちらりとノートに視線を落として、ふと思い出したことを口にする。
「もしもし、ってよく電話で言うじゃん」
『? そうですね』
「なんで“もしもし”なんだろうって考えたことあってさ」
『たしかに...なんでなんだろ』
暴れるシャーペンを落ち着かせて、ノートに“もしもし”と走り書きしてみる。
「書いてみるとさ、“もしもし”が“もレもレ”に見えたわけ」
完全に俺のこじつけ。
でも、ぽかったから。
「で、思ったんだよね。“もレもレ”をローマ字で表記すると、more moreになるじゃんって」
『...はぇ......』
こうだったら素敵だなって思っただけ。
とんだこじつけだし、言ってから恥ずかしくなって、話題を変えようと口を開いた。
「あ、そろそろ電話終わりにするか。結構遅くなっちまったし。声きけて嬉しかった」
ほのかに熱い頬のまま、窓の向こうの暗さに視線をやる。
耳から離そうとしたそのとき、スマホの向こうから聞こえてきたのは、恥ずかしさで消え入りそうな、後輩の声だった。
『───...せんぱい、もしもし』
─冬休み─ #153
(なんか先輩後輩もの、多くないか??
実はそういうのすきなんか、私。
改めて考えると…そうかも…?)
あの日、マフラーで赤い顔を隠した彼がそっぽ向いたまま、プレゼントしてくれた手袋。
いつまで取っておくつもりだ。
捨てなければいけないのに。
この厄介なだけな感情も一緒に。
手袋に詰まった思い出が、心臓の真ん中につんとした色を落とす。まるで水槽のなかに入った絵の具の色がぶわっと広がるみたいに。
ぽたり、と落ちて手袋に染み込んだ涙とともに、タンスの奥のおくに押し戻す。
ああもう。はやく捨てたいのに。
なんでこんなにも捨てることができないんだよ。
─手ぶくろ─ #152
たとえば。
恋や友情、愛情。とかの人のこころのこと。
溺れて酔いしれているときは本当に変わらないと思っているかもしれないけれど。
変わるんだって。変わらないものはないんだって。
人を愛して愛される恐怖からとじ込もっていた僕をひっぽりだしたのは貴方だった。
そんなことないって教えてくれた貴方が。
ずっと一緒だって笑いかけてくれた貴方が。
愛していると囁いた貴方が。
僕のなかの、人を愛して愛されることへの恐怖をなくした貴方が。
いちばん僕に教えてくれたね。
変わらないものはないって。
─変わらないものはない─ #151
いそがしくて書きたいものが書けない...
書く余裕もないほど、クリスマスだと実感がわかないほど、
今年のクリスマスはさらりと過ぎ去っていきました。
ゆうて去年のクリスマスもどう過ごしたかなんて覚えてないんだけれども。
あ、強いて言えばクリスマスっぽいこと(?)したのは、ブラッククリスマスとアイスクリームコンプレックスきいたことですかね。
─クリスマスの過ごし方─ #150
夢みたいだ、と唐突に思った。
そして同時に、ああ夢なのかと悟る。
「...お、おにぃちゃん...? お兄ちゃん、だよね...?」
ちいさな呟きがやけにクリアに聴こえてきて、脳を麻痺させるかのような電流が走った。
夢の中の数年振りの弟は昔と変わらず、久しぶりに感じたあの、鏡をそのまま見ているかのような不思議な感覚。
寒いなか待っていた電車のドアが閉まる音が遠くで聴こえた。
それが乗るはずだった終電で、俺を乗せずにゆっくりと駅から離れていっていることなんて、視界にすら入ってこなかった。
「は、る...? はる...?」
「っ、おに、ちゃ...っ」
はるの目に溜めたしずくがふわりと宙を舞う。
茫然と突っ立っていた俺は飛び込んでくる衝撃を受け入れるのでせいいっぱいだった。
「あいたかった、あいたかったよぉ...っ」
ぐわぐわとした浮遊感のなか、忘れかけてしまっていた体温がいとも簡単に、凍りついた心臓を溶かしていく。
なにが起こっているのか脳が身体が理解するのには時間がかかった。ほんの数十秒だったと思われるが、それがそのときの俺には何十分何時間に、時がとまっているように、思えた。
「...おにぃ、ちゃん...?」
俺が黙っていたからだろうが、それをどう捉えたか、体温が軽く離れる。
クリスマスイブの街のあかりが目元のなみだに閉じ込められた、はるのひとみが不安げに揺れる。
「っ、...、ない、てるの...?」
躊躇いながらもそっと目元に触れてきた体温にようやく気がつく。
ああ、夢ではないのか。この夢みたいな現実は現実なのか。
離れた体温を埋めるように、砂糖菓子のように甘くて脆い一時の幸せを引き寄せる。
「...はるも、泣いてんじゃん」
「っ、ぅえ...あ、ほんとだ...」
ふにゃり、とはるがはにかむように笑う。
連れてきたのは、忘れたかったはずの絶対忘れたくない記憶だ。
頭ではだめだとわかっている。
兄としてのするべき行動だってわかっているつもりだ。
降り始めた冷たくて柔らかい雪が頬に触れて、じわりと熱が移る。
「...もうすこしだけ」
「...ん、」
言葉とは裏腹に、すこしじゃいやだ、というように抱き締めるちからが強まったのは俺もはるも。
暗い街を照らすクリスマスのあかりが遠くで光っていた。
─イブの夜─ #149
(いつの日にか書いていた双子の兄弟の話です。
...あれ、コンビニアルバイトにてピュアっピュアの物語書く予定だったんだけどな。気づいたらこっち書きなぐっていたのでとりあえずとりあえずまあまあということで(?) )