しずく

Open App

夢みたいだ、と唐突に思った。
そして同時に、ああ夢なのかと悟る。

「...お、おにぃちゃん...? お兄ちゃん、だよね...?」

ちいさな呟きがやけにクリアに聴こえてきて、脳を麻痺させるかのような電流が走った。
夢の中の数年振りの弟は昔と変わらず、久しぶりに感じたあの、鏡をそのまま見ているかのような不思議な感覚。
寒いなか待っていた電車のドアが閉まる音が遠くで聴こえた。
それが乗るはずだった終電で、俺を乗せずにゆっくりと駅から離れていっていることなんて、視界にすら入ってこなかった。

「は、る...? はる...?」
「っ、おに、ちゃ...っ」

はるの目に溜めたしずくがふわりと宙を舞う。
茫然と突っ立っていた俺は飛び込んでくる衝撃を受け入れるのでせいいっぱいだった。
 
「あいたかった、あいたかったよぉ...っ」

ぐわぐわとした浮遊感のなか、忘れかけてしまっていた体温がいとも簡単に、凍りついた心臓を溶かしていく。
なにが起こっているのか脳が身体が理解するのには時間がかかった。ほんの数十秒だったと思われるが、それがそのときの俺には何十分何時間に、時がとまっているように、思えた。

「...おにぃ、ちゃん...?」

俺が黙っていたからだろうが、それをどう捉えたか、体温が軽く離れる。
クリスマスイブの街のあかりが目元のなみだに閉じ込められた、はるのひとみが不安げに揺れる。

「っ、...、ない、てるの...?」

躊躇いながらもそっと目元に触れてきた体温にようやく気がつく。
ああ、夢ではないのか。この夢みたいな現実は現実なのか。
離れた体温を埋めるように、砂糖菓子のように甘くて脆い一時の幸せを引き寄せる。

「...はるも、泣いてんじゃん」
「っ、ぅえ...あ、ほんとだ...」

ふにゃり、とはるがはにかむように笑う。
連れてきたのは、忘れたかったはずの絶対忘れたくない記憶だ。

頭ではだめだとわかっている。
兄としてのするべき行動だってわかっているつもりだ。

降り始めた冷たくて柔らかい雪が頬に触れて、じわりと熱が移る。

「...もうすこしだけ」
「...ん、」

言葉とは裏腹に、すこしじゃいやだ、というように抱き締めるちからが強まったのは俺もはるも。

暗い街を照らすクリスマスのあかりが遠くで光っていた。



─イブの夜─ #149
(いつの日にか書いていた双子の兄弟の話です。
...あれ、コンビニアルバイトにてピュアっピュアの物語書く予定だったんだけどな。気づいたらこっち書きなぐっていたのでとりあえずとりあえずまあまあということで(?) )

12/25/2024, 9:22:23 AM