真夜中のコンビニは、どこか寂しいものを感じさせる。
と、人とすれ違ったときにふわっと香った、よく知っている香り。
思わず振り返った。
ばちっと視線があった。向こうもこっちを振り返っていたらしい。
「……やっと、また会えた」
夢でもいい。夢でもいいから、今は、今だけはこの夢から醒めないで。
─香水─ #49
「俺が好きなの、お前だよ」
卒業の日の人が掃けた、がらんとした教室。
窓の向こうで見える空は憎いほど青くて、でもところどころ雲があって。
そんな今日は儚い色を滲ませている。
「…え、」
最後だから言ってしまおうと思った。
どんな反応をされるかなんてだいたい予想はついていたし、卒業式しか選べない俺はどこまで弱いんだろう。
「なんも言わなくていいから。……ただ、俺がお前のこと好きだって最後に伝えたかっただけ。ごめん」
お前にしてみれば、伝えられて、何もなかったことにされて、きっと迷惑なだけ。
しかも、なにも言わなくていい、なんて結局逃げてるんだ。
拒絶されるのが怖くて、お前からはっきりとした拒絶の言葉を聞きたくなくて。
思い出は綺麗なまま閉まっておきたかった……なんてお前からしたら最悪な最後になって思い出なんか綺麗じゃなくなったんだ。
俺はどこまで自分中心なんだろう。
「……それだけ。引き留めて悪かった。じゃあ、な」
「ま、まって、」
心臓が脈を打ったのは、お前が俺の制服を掴んできたからだ。
「だから、なんも言わなくていいって。分かってるし、最後だからもう会わないから伝えただけ。そういうのいらないから」
「っ、だから自己完結すんなって、自分ひとりでぜんぶぜんぶ解決しようとするなって言ったじゃん…っ」
ずるい。またそうやって優しくするから、俺は……
「じゃあなんも言わないで、聞いてて。俺の結構前からの片想いの相手、……目の前にいる人、だったり、する」
ほんのりと染まった赤。
窓から見えるぬけるように淡い空。
教室の涼しげな香り。
最後にするはずだった今日は、きっと。
─言葉はいらない、ただ・・・─ #48
もう来ないで。
自分で放ったくせに、
自分も苦しめられるって分かっていたくせに、
エアコンの効いたひとりの部屋で、どうしても伝えることが許されなかった感情を今日もまたひとつ、募らせた。
─突然の君の訪問。─ #47
雨に濡れてでも、ぜんぶぜんぶ洗い流してほしかった。
なんて言ったら、一転の曇りもない心配したような表情でまた覗き込んでくるんだろう。
そして、帰ろうって僕は味方だから忘れないでねって、そっと抱き締めてくれるんだ、きっと。
すき。
その二文字だけでいいから、今すぐ跡形もなく流し去ってほしかった。
─雨に佇む─ #46
雨の匂い。
エアコンの効きすぎた寒い部屋。
毎日のようなフラッシュバック。
日記は書けない。
祖父からもらったきれいな日記帳。
開いて、書こうとしても手が止まる。
おかしいな。
スマホのメモアプリだったらなんでも吐き出せるのに。
フラッシュバックのことも、その日あった嫌なことも、書いて書いて書きなぐって、終わったらすぐに削除する。
ああそうか。
この日記帳は私が使うには綺麗すぎる。
私の醜い部分が浮いて出てしまう。だから書くことに躊躇いを覚えてしまうのだ。
それに紙だから書いたら跡形もなく削除することはできない。
消しゴムをかけても、私の醜いその日の過去は消えてはくれない。
破いて捨てようにも、紙自体はなくなってくれないのだし、こんな綺麗な日記帳を破くこともできない。
そうして、その日記帳をそっと机の奥にしまい込んだ。
もうあの日記帳が登場することはないだろう。
これからも私がそこに、後で見ても耐えられる文を書けるわけがないから。
─私の日記帳─ #45