夏はきらいだ。
どうしたってあの夏のことを、麦わらの彼女のことを、思い出してしまうから。
事故だった。
公園に行く予定だった彼女は、行く途中で赤信号の歩道に飛び出してしまった。
だから麦わら帽子を見ると苦しくなる。
俺がしっかりしていればと何度も悔やんだ。
夏は罪悪感で潰されそうになる。
…ああ、なんであの夏きちんと前を見ていなかったんだろう。
きちんと周りを見ていたら、あの子をはねることもなかったのに。
俺が滅多に運転をしない理由はこんなとこだ。
─麦わら帽子─ #30
始まりがあるからには終わりがある。
「頭では、理解してたんだよ」
そう唇を震わせたきみの手をとって、きみが安心するような言葉を投げ掛けたかった。
涙が零れそうな目元を拭って、笑いかけてみかった。
「…ごめん」
力なく放った言葉は酷く頼りなくて震えていた。
人の生は遅かれ早かれ終点というものにつくのだ。それは俺だって理解している。
俺はただ単にその道のりが短かっただけ。
「なんで、なんで」
ごめん。どうしたって自分じゃ止められない。
「生きてるじゃん、生きてるでしょ。なんでなんで死ななきゃいけないの…っ」
ごめん。
たぶんきみは僕に謝ってほしいわけじゃないんだろうけど、今はそれしか言えなさそうだ。
「自ら終点をつくらなくたっていいじゃん…っ」
ごめん。
ふ、と笑ってみせて、腕が掴まれる力が怯んだところで、俺は無事に暗い海に体を沈ませた。
─終点─ #29
たぶん、人の性格というのは生れ育った境遇で固まっていくのだと思う。
だから今更、外から「上手くいかなくたっていい」なんて言われても、
それができたら、こんな生き方してないじゃんね。
だから、「上手くいかなくたっていい」なんて頭で思うことはできても、こころのどこかではその言葉が白々しく思えてしまうのだ。
─上手くいかなくたっていい─ #28
蝶よ花よと育てるのってあまりにも無責任だと思う。
自分の子供の将来を本当に考えているなら、尚更だ。
かといって、全部否定するみたく暴力的に当たられるのも、
放棄するみたく冷たく育てられるのも、
ある程度の愛を注ぎ込まれるのも、
結局は満足しないんだろうなって。
なんて自分は我儘な親不孝者なんだろうと思った。
─蝶よ花よ─ #27
最初から決まりきっていた。
私たちは生まれては死んでいく。
誰しもが分かっている。
それでも人が死ぬと悲しむ。
正直、なんの意味があるのだろうか。
生まれては死んでいく。
何十年もたてば、もう何も残らない。
縋っては無情にも消えていく使い捨ての人生だ。
そんなものの何十分の一の一瞬を気にしたところでどうなる。
使い捨てだと最初から決まっている人生なら、
何十年後には何も残らない人生なら、
やりたいことやったもん勝ち。
─最初から決まってた─ #26