〔手を取り合って生きていくことが大切だと僕は思います。
僕たちは手を取り合うことで生きています。誰もがひとりでは生きていけないのです。温もりがほしいときもあります。生きているから泣きたいときだって笑いたいときだってあります。僕らは手を取り合うことで……〕
そこまで読んで耐えられなくなり、天井を仰いだ。
……そういえば、そういう子どもだった。
そういう綺麗事で塗り固めた文章を夏休みの最終日に書いて、秋ごろになったら入賞したという通知が先生から必ず来ていた。
「…くだらな」
書いた当時は満足していたんだろう。本当にそう思っていたんだろう。
だが、今になってみると、呼んでいるこっちが吐き気がしてくるような綺麗事の塊だ。
折り目がついている原稿用紙を乱暴に閉じてもとあったところより深い場所に隠した。
手を取り合えば寂しくない。
手を取り合えば笑いあえる。
手を取り合えばひとりより、ずっといい。
じゃあ、軽蔑と侮蔑で心が冷えていくこの現象はなんだ。
分かっている。
多分俺は他人と手を取り合うことを、生きることを、諦めているのだ。
人の温もりなんぞに疑いしか持てない。その魂胆はなんだ。俺に何を求める。近寄るな。そんなことしか考えられない。
そうは思ってもその本心を他人に見せるわけがない。
それは、誰しもに当てはまることなのだろう。
そうして、俺らは完璧な仮面で今日も手を取り合う。こころのなかは軽蔑と侮蔑で冷えきったまま。
─手を取り合って─ #2
いつからだっただろう。
虚像の自分を必死に守って、
優越感に浸ることに疲れてきたのは。
ちがう。ちがう。
そうではない。
こころが満たされないと叫んでいる。
そんなものがほしいのではない。
…あれ、俺、なにがほしかったんだっけ。
なんのために無意味な呼吸を繰り返しているんだっけ。
死にたいわけでも、生きたいわけでもない。
ただ、すべてを投げて、投げつけて、
この満たされないこころを埋めたい。
生きるのに疲れてから、呼吸の感覚を忘れてから、
優越感に浸ること自体に意味を見いだせなくなっていった。
何も感じなくなり、むしろ、息苦しさだけが募っていった。
いつの間にこころが壊れたんだ。
うるさい。お前らは黙ってろ。
もともとあれは虚像だったんだよ。
それも、崩れないように必死につぎはぎで繕った虚像だ。
本物の俺はこれだ。こんな脆くて弱い普通の人間だ。
今だって優越感に浸っている人間はたくさんいるけれど、
所詮、つぎはぎだらけの着ぐるみを剥いだら普通の人間。
虚像を取り繕ったって結局は自分が疲れるだけ。
だったら、劣等生のほうがいい。
自分の本当の大きさは変わらないのだから。
無駄な背伸びはもうやめた。
…ああ、なんか。
劣等感に浸っていたほうが優越感。
─優越感 劣等感─ #1