「青い風」
今、青い風が吹いた。
僕は昔から共感覚というものを持って生まれたようで、それは僕の場合、風だけに色がついて視えた。
春には暖かな黄色や桜色の風、夏には熱風のオレンジや赤色、秋には落ち着いた薄い緑色、冬は雪の色と同じ白や灰色の風が吹く。
青い色の風は初めて見た。
青は何を表しているんだろうか。考えていると肩をポンと叩かれた。
「ねぇ、さっきからぼーっとして、どうしたの?」
目の前には、さっきまで遠くの方で友達と談笑していたはずのクラスのマドンナが。
目が合った瞬間どこからともなく、また青い風が吹き抜ける。
「…そうか、そういう事か。」
「?」
僕は自然と彼女のことを目で追ってしまう。
そして、彼女を見る度、青い風が僕の目に映る。
青い風の答えがわかった。
「遠くへ行きたい」
都会で暮らしていると、人は多いのに何故かものすごく孤独を感じる。
自分が生まれ育ったのは店とかはそこそこある片田舎だった。
田舎は田舎で人と人の距離が近すぎてプライバシーがない煩わしさはあるが、こっちみたいに寂しさを感じたことは全くなかった。
夜になっても明るくて煩い街をアパートのベランダから眺める。
「あぁ、どっか遠くへ行きたい。」
ふと、田舎にいた頃の人の繋がりが恋しくて仕方なくなる。
あっちなら、僕が居なくなったら心配してくれたり気にしてくれる人がいるけど、この街から僕が消えてもなんにも変わらないんだろうな。
かまってちゃんな自分にうんざりして、またベランダの外に目をやって、最近覚えたばかりの煙草に火をつける。
「クリスタル」
顔合わせの後、彼の家へ招かれた。
男の人の家は初めてだったのでとても緊張したが、肩の力を解そうと彼は私に冗談なんかを言って和ませてくれた。
私を部屋に通すと忙しそうにどこかへ行ってしまった。と思ったらバタバタと戻ってきた。
「あ、あの、紅茶は…お好きですか?…最近英国から良い茶葉が入りまして。」
「えっ、あっ、ええ。紅茶はとても好きですけど。あ!私もお手伝いしますよ。」
「いいえいいえ!お客様ですから、どうぞ座って少々お待ちを。」
嬉々として動く彼の勢いに圧倒されて、その場で手持ち無沙汰に待つしか無かった。
しばらくすると、大きなお盆にティーセットとお茶請けを乗せてどこか危なっかしい足取りで彼が戻ってきた。
「お、お待たせしました。…あのっ実は、紅茶と一緒にティーポットも購入したんですが、貴女に是非、これを見て欲しくて。」
「…まあ!素敵!まるで宝石だわ。」
紅茶が入ったそのティーポットは綺麗な切子細工のクリスタルガラス製で、陽の光を受けてキラキラと輝きを放っていた。
「実は、貴女の為に特別に取り寄せてみました。……喜んでもらえたようで、本当に良かった。」
「生まれて初めてこんな綺麗な食器を見ました。私のために、ありがとう。私は貴方の妻になれて幸せです。」
首筋を軽く搔く仕草をしながらポッと顔を赤らめる彼を見て、私はなんて幸せ者なのだろうと心が温まった。
「夏の匂い」
昼間に入道雲を見た。
夕方、遠くから微かに雷の音と雨の匂いがする。
僕は夕立が来る兆しに香る、この夏の匂いがすごく好きだ。
そろそろ来るかな?
わざと外に出て次第に暗くなる空を眺める。
ポツと鼻先が水に濡れた。
すると間髪入れずにポツ、ポツ…ザーッと豪雨が全身に降り注いだ。
汗でベタついた肌に冷たい雨粒が心地よい。
あっという間に去って行った夕立の後の空は澄んで綺麗な夕焼けが待っている。
夏だけの特別な体験だ。
「カーテン」
私は朝が大の苦手だった。
高校卒業、大学への進学を機に両親とは離れて一人暮らしをするようになった。
初めの頃は慣れない一人暮らしにかなり苦戦して、朝が苦手なこともあり遅刻もしょっちゅうだった。
そんなある日、実家から荷物が届いた。
中にはメッセージと自分の部屋で使っていたカーテンが。
「って、なんでカーテン!?普通、目覚まし時計やらじゃない?」
『どうせそっちでも寝坊助なんじゃろうけぇ、慣れとるこのカーテン使いんさい。 あんたの可愛いママより♡』
小学生の頃からずっと使っていたピンク色のストラップのカーテン。
眺めていると、毎朝母親に「早う起きんさい!」と叩き起されていたのを思い出して、笑みがこぼれた。
「はいはい。明日から早起き頑張るよ。」