「すれ違う瞳」
美術館へ行くのが僕の趣味だ。
日頃の喧騒から離れ、静かで落ち着いた空間で、様々な芸術作品に触れる。
心が穏やかになりとても落ち着いた。
足繁く通うと、学芸員の方とも親しくなっていく。年配の方が多いなか、珍しく彼女は僕と同年代くらいだった。
僕から話しかけることはなかったが、端正な顔立ちと凛とした綺麗な立ち姿が印象的だった。
ある日、作品を鑑賞していると僕の隣に彼女がやってきた。
「こんにちは。いつも来てくださってますよね。…この作品私のお気に入りなんです。」
まさか彼女の方から話しかけてくれるなんて。
「あ、こ。こんにちは。僕も、この作品に惹かれちゃって。」
「私もあなたみたいに、両方の瞳でこの作品をちゃんと見てみたかったです。」
「…え。」
彼女の方を見ると、僕の方を見ているようで片目の目線があっていなかった。
彼女の片目は義眼だったのだ。
「…僕がこんなこと言うのもおかしいんですけど。芸術作品って目で見るだけじゃないと思うんです。見て楽しむもよし、香りや空気感、ものによっては触った感覚。五感全てで楽しめると思ってます。はっきり見えなかったとしても、この作品を素敵だと感じれただけで十分ですよ。」
そう言うと、無表情だった彼女は泣きそうな顔で笑った。
「青い青い」
高校に入学して半年が経った。
生まれて初めて、好きな人ができた。
友達に誘われて入った卓球部で出会った。
真面目で寡黙な彼のことを私はいつの間にか目で追っていた。
駅までは帰る方角が同じだったから、勇気を振り絞って「一緒に帰ろう」って誘ってみた。
彼は少し驚いた様子だったけど「いいよ」と私に微笑んだ。
夏が近づき、夕方になっても空はまだ青々としていた。
彼は自転車通学だったけど、徒歩通学の私に合わせて自転車を押して同じ歩幅で歩いてくれた。
そんなちょっとした気遣いに私の心は舞い上がった。
気持ちを伝えるのは怖くてできなくて、友達以上恋人未満の曖昧な関係だけど、2人きりで色んな話ができるだけで、ものすごく幸せを感じた。
これは私の青い青い青春の1ページ。
「sweet memories」
誰かを好きになって、告白して気持ちを伝える。
そんな当たり前のことを羨ましいと思う。
学生の頃、私には気になっている人がいた。
1人で静かに読書をしている姿を見ていると、なぜだか頬が暑くなり心が騒がしくなった。
3年間想いを寄せながらも、かなり奥手だった私は話しかけることすらできなかった。
それでも彼を想った3年間は今となっては良い思い出だった。
私にとっての「bittersweet memories」(甘酸っぱい思い出) だ。
「風と」
風と貴方。
私は風が強い日が嫌いだった。
服は乱れるし髪もぐちゃぐちゃ。
貴方が植物園へデートに誘ってくれた日、最悪なことに風の強い日だった。
あまりの風の強さに園内のカフェに避難することに。すると貴方は「ちょっと待ってて」と強風の中、外へ出た。
少しして戻ってきた貴方は身体中に花びらをくっつけていた。
「どうしたの!?」と聞くと、満面の笑みで
「風が俺をメイクアップしてくれた!君も外に出てメイクしてもらおう。」
なんて言い出した。
そんな貴方がなんかもう可笑しくて、私も小さな子供のように強風の中外に出てはしゃいだ。
どんなこともポジティブに変換できる貴方は、風のように颯爽と私に変化をもたらしてくれる。
「軌跡」
※3/8の「秘密の場所」から繋がるお話。
背丈と変わらないほど長く伸びた草むらに、一本の軌跡があった。
だが、草むらの手前には「キケン」や「立入禁止」の看板。
さて、どうしたものか。
いや、奇跡を信じて軌跡を辿ってみるか……。
しばらく歩くと辺りが開け、古びて今にも朽ちそうなレンガ造りの小屋のような建物があった。
なんだか、見覚えがあるような景色にしばらく立ち尽くしていた。
すると突然後ろから声をかけられた。
「もうとっくにおばあちゃんは亡くなって、ここは無人の廃墟。見ての通り崩壊寸前よ。」
昔よりも大人になり、よりミステリアスな雰囲気を纏う彼女がいた。
「ぁ…君は…魔女の。久しぶりだね。そうか。どうりで歳をとるものだな。ここに来るまで、すっかり昔のことを忘れていた。君は今どこに?」
「教えない。……ただ、私の軌跡を辿れば、またどこかで会えるかもね? それじゃあ。」
そう言って彼女は不敵に笑って草むらの陰に消えていった。
奇跡を信じて、また軌跡を辿るとするか。