優しさだけで、きっと
誰に対しても優しくして
誰からも恨まれない楽しい暮らしにしたい。
その思いで生きている。
現時点で楽しくはできてると思う。
その人その人に合わせて接し方を変え、
空気を読むように心がけている。
段々とストレスが溜まるようになって
少しずつ会話も減ってきた。
こっちから話かける一方だから
つまらない日が増えることも。
広く浅くの関係を紡いでいくことが
人生において大切だと考えてたけど
優しさだけでは変われなかった。
これからどうするかは何も変わらないだろうな
自分も優しさを求めてるのだろうな。
今日はバイトがあるので優しさなんて求めず、
怒られながらキビキビ働いてきます。
もしも未来が見えるなら
未来を見たいという欲望はいくらでもある。
でもね、見てしまえばそのとおりに動くしかなくなるかもしれない。
操り人形にはなりたくない。
未来を見てしまえば
その未来を変えてしまうのではないかと恐れてしまう。
挑戦した先の喜び、悲しみ
すべてが約束されたみたいに動くのはつまらない。
見なければいいんじゃないかなって?
誰しも好奇心には勝てないと思う。
未来は幸せだといいなー。
無色の世界
どんな世界だろうか
そこにあったはずの物が背景と同化し、ただ何もない世界が広がっているように見えてるのだろうか。
無色ってことは透明のことかな。
つまりだ、スカイツリーの透明の床のように落ちそうな感覚に常に襲われているのだろうか。
何にもない。何も見えない。
こんな恐ろしいことなんて考えてみたことないや。
大切な人も見えなくなるのかな。
だいじな場所、大切なもの。
全て失うってことかな。
始めから無色の世界って
失明ってことなんだろうと感じ取っている。
この前、電車で脱水症状でふらついた時、
耳も目も体全体が機能してないみたいに。
聞こえない。
見えない。
動かせない。
障がいを生まれつき持っている人の気持ちが
ほんの少し理解できた気がする。
たったこれだけの出来事で理解したっていうのはおこがましいことだと思うけど
こうしたいって思った事が出来るっていう幸せに
気付かされた。
生きてるって幸せなんだな。
春爛漫
春の花が咲き誇り、季節の美しさが満ちあふれている様子を表す言葉らしい
最初見た時、春饅頭って読んでしまっていたよw
お腹が空いているからかな
お花見っていうとお団子🍡食べたくなる
桜の花びらがひらひらと舞い散る様を見ながら
のんびり今日という日を噛み締める
また来年
日記を書く習慣がつかない。
気まぐれで思い出し、
読み返すことのない長い文を書き連ねる。
読み返そうとしない日記に
書く意味なんてあるのだろうかと
不思議に感じることもある。
でも、書いているうちは気持ちが楽になる。
すべてを受け止めてくれてるみたいに。
日記は時に残酷だ。
思い出したくないことも
開いてしまえば脳内でまた再生される。
想いを吐き出す場所だと思ってたのに、
いつの間にかつらい想いを溜め込んでしまい、
自身を追い詰めてしまう存在へと変貌しているみたいに感じてしまう。
楽しい事より苦しい辛い思いの方が
日記になりやすい。
ただ、そう思えて
ノート一面に埋まっている文字から
自身の不甲斐なさに心底落ち込む。
このアプリでもそうだ。
辛い記憶は言葉にしやすい。
可愛い、かっこいい。
なんて、最後に思ったのはいつのことか思い出せないほどだ。
何かに興味を示そうとも
前提から全否定しているみたいで嫌になる。
結構前に書いていた日記が見つかったときでもさえ
やりたいことリストなんて作ってたけども、
楽しい思い出なんて綴られていない。
反省文のように暗く寂しいものだった。
もう日記を書くことなんてない。
そう思っているだけである。
閉ざされた日記