「行かないで」
そう言っても無駄だってわかってるのに言ってしまう。
駅のホームで彼に抱きつく。これからしばらく会えないだろうから。
今日は彼氏が引っ越す日。私達はまだ中学生ーー受験生だから、一人で残るという選択肢がないのだ。だから仕方なく離れることになった。
彼はもう心を入れ替えて心機一転、新しい場所でもうまくやっていこうと試みている。
対して私は……………。
彼と遠距離恋愛になるという現実を受け入れられていない。
今まで毎日一緒に登校して、土日は予定がなかったら二人で買い物をして、一緒にテスト勉強をして。
彼とずっと過ごしてきていたのだ。彼がいない毎日が来るなんて考えたくもない。だから私はずっと「行かないで」と言い続ける。
「駿!電車が出発しちゃうわよ!」
彼のお母さんが電車のドア付近で声を上げる。
もう、行かなきゃなのか…………。私は彼の腰に回していた手を離す。しばらくお別れだ。
その刹那ーー
「由紀乃、」
「?」
彼は私の名前を呼ぶと顔を近づけてきた。
唇が重なる。私は不意打ちの口付けをされた。
吐息とともに重なっていた唇が離れる。それと同時に発車チャイムが鳴り始めた。
彼は急いで電車に乗る。そしてこっちに顔を向けた。
その時に見せてくれた笑顔は過去一眩しかった。数年たった今でも、脳裏と瞼に焼き付いている。
でももう見れないのか。私は彼の仏壇の前で思った。
今でも彼に言いたい。
「いかないで」
【行かないで/2023.10.24】
どこまでも続く青い空を見て思う。
「終点はどこなんだろう」
何事にも終わりは来る。
じゃあ、この空にも終わりはあるのか。
とか、深読みして考えてみたけど、
空ってそういえば宇宙のことだった。
宇宙に終わりなんて存在しない。
じゃあ永遠に続く空なのかあ…。
こんなにきれいな色してさ、
人間は美人ほど短命だ、とか言われるじゃん。
なんで消えないんだろう。
私みたいに周りから「綺麗だ」っていわれるのに。
私みたいに短命じゃない。
羨ましいなぁ。
空になりたいな。
どこまでも続く、寿命のない、きれいな空みたいに。
【どこまでも続く青い空/2023.10.23】
今年も、衣替えの時期がやってきた。
もう夏かと思う。この前まで春だったような気もする。
私の学校には「衣替え移行期間」というのがある。
その名の通り衣替えをする期間なのだが、その期間中は夏服でも冬服でも着ていいのだ。ただし混ざったような服装はダメ。
今日は気温が高くなりそうだ。ということで私は夏服を着ていくことにした。
ワイシャツの上にベストを着る。スカートは冬服より少し生地が薄め。ワイシャツも半袖でいいだろう。
私は家を出た。少し肌寒いと感じたが、支障はないだろう。
学校の昇降口で靴を履き替えると、何故かくしゃみが出た。身体が冷えてしまったのだろうか。
そこへ後ろから、
「風邪引いた?」
と先輩の声がした。
先輩は何でもできてかっこいい。私の憧れの先輩。部活でも練習に一生懸命で、しかも社交性がある。
そんな先輩に話しかけられた。
私は心配をかけたくなくて「風邪なわけないじゃないですかー」と笑って誤魔化す。その直後にまたくしゃみが出た。こんなことになるなら夏服にしなければよかった。
「そんなんじゃ説得力ないんだけど。ほら、これ着ろ。
寒いんだろ?」
「えっ、」
私は先輩から、冬服のブレザーを受け取る。借りても良いのだろうか…。
「部活のときに返せよ?それじゃ。」
先輩はそのまま階段を上がっていってしまった。
すん、と鼻で嗅ぐ。
ブレザーからは先輩の匂いが微かにした。
少しサイズが大きいブレザーを着る。
ブレザーを貸してくれたときの先輩の優しい顔が頭に浮かんだ。
胸が少しだけ、大きく脈打った。
【衣替え/2023.10.22】