さやは

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「行かないで」

 そう言っても無駄だってわかってるのに言ってしまう。





 駅のホームで彼に抱きつく。これからしばらく会えないだろうから。
 今日は彼氏が引っ越す日。私達はまだ中学生ーー受験生だから、一人で残るという選択肢がないのだ。だから仕方なく離れることになった。
 彼はもう心を入れ替えて心機一転、新しい場所でもうまくやっていこうと試みている。
 対して私は……………。
 彼と遠距離恋愛になるという現実を受け入れられていない。
 今まで毎日一緒に登校して、土日は予定がなかったら二人で買い物をして、一緒にテスト勉強をして。
 彼とずっと過ごしてきていたのだ。彼がいない毎日が来るなんて考えたくもない。だから私はずっと「行かないで」と言い続ける。
「駿!電車が出発しちゃうわよ!」
 彼のお母さんが電車のドア付近で声を上げる。
 もう、行かなきゃなのか…………。私は彼の腰に回していた手を離す。しばらくお別れだ。
 その刹那ーー
「由紀乃、」
「?」
彼は私の名前を呼ぶと顔を近づけてきた。
 唇が重なる。私は不意打ちの口付けをされた。
 吐息とともに重なっていた唇が離れる。それと同時に発車チャイムが鳴り始めた。
 彼は急いで電車に乗る。そしてこっちに顔を向けた。





 その時に見せてくれた笑顔は過去一眩しかった。数年たった今でも、脳裏と瞼に焼き付いている。
 でももう見れないのか。私は彼の仏壇の前で思った。
 今でも彼に言いたい。
「いかないで」


【行かないで/2023.10.24】

10/24/2023, 10:18:06 AM